2013年09月04日

あれしきの被曝で何を騒ぐかと言ってはならぬ我は被爆者−フクシマをバカにする被爆者

もう随分と前になりますが、「広島ジャーナリスト」第12号 2013年3月 を送っていただきました。ありがとうございました。

 なかなか読む時間がとれず(時間はたくさんあるのですが・)、読んでみると大変いい記事がたくさん載っていました。いくつかをこれから紹介させていただきます。

澤野重男氏の書かれた文章です。

ある受賞受賞に覚えた「違和感」
 新年1月7日の朝日新聞で、第29回「朝日歌壇賞」の発表が会った。2012年の入選歌から4選者が書く一種を選ぶ「歌壇賞」そのうち「永田選」の受賞作と選者評を読んで、何とも言えぬ「違和感」を覚えた。

永田選
あれしきの被曝で何を騒ぐかと言ってはならぬ我は被爆者
             (アメリカ)大竹幾久子
 我ながら随分はっきりと歌ったものだと思いますが、在米40年余の被爆者だからでしょうか。短歌は渡米後に始めました。
【評】「私に比べたら」と言いたくなるのが人の性。原発への視線に葛藤は深い。

 作者は大竹幾久子氏。アメリカ在住の被爆者。5歳の時にヒロシマで被曝。2003年に母のヒバク体験を「アメリカへ ヒロシマから」として出版(2011年には英語版"Masako's Story"も出版)被曝証言活動にも活発に取り組んでいる。
 選者は永田和宏氏
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現代日本を代表する歌人。細胞学者。京都産業大学教授、京都大学名誉教授。短歌結社「塔」主催。宮中歌会初めの選者でもある。
 この歌を最初に「朝日歌壇」(12年7月30日)で選んだとき、永田氏は次のような評を書いている。

【選者評】大竹さん、思い歌だ。原発事故による被曝量を聞いて、被爆者としては「あれしき」と言いたくなることも。何事にせよ、つい「私に比べたら」と言いたくなるものだが、「言ってはならぬ」という厳しさはすべてに通じる。

 さて、「あれしきの被曝」というのは、東電福島第一原発事故による被曝のことである。そして、選者が「『私に比べたら』と言いたくなののが人の性」とか「何事にせよ、つい『私と比べたら』といいたくなるものだが」とか書いているのを見ると、「あれしきの被曝で何を騒ぐか」と考えているのは、「被爆者」である作者自身で、その作者が広島での自分の被曝と比べてフクシマの被曝を「あれしきの被曝」と過小評価していることがわかる。広島と福島を差別し、分断しているとも言え、しかも実際そう思っても「言ってはならぬ」のである。
 「言ってはならぬ」、その理由は「我は被爆者」だからということだが、「あれしきの被曝」と言うとき、そこに被爆者としての深い悲しみはあるか。各時代を生き抜く知恵はあるか。「言ってはならぬ」、人類が生存か死滅かの岐路にあるとき、被爆者は沈黙してよいか。核被害が現実のものとしてあるとき、思考停止してよいか。
 そんなときに「『言ってはならぬ』という厳しさはすべてに通じる」とか「原発への視線に葛藤は深い」というような言葉=評はどうか。それは、この歌を更に罪深く、胡散臭いものにしているのではないか。
 作者は「あれしきの」と思うのだが、被爆者としてはそういうことが許されない、そう考えれば批判されるから、言わぬのか。
 選者は「言ってはならぬ」ことを「厳しさ」というのだが、ほんとうにそうか。それが「すべてに通じる」というのは、単なる身過ぎ世過ぎのほうべんではないか。
 原発への視線に葛藤はイカに深くとも、「その葛藤は深い」というより、ろしろ「その葛藤は不快」だ。そこからは、核被害の内世界への展望を開くことはできない。
 思うに、フクシマの被曝への過小評価。そして広島と福島を分断する視点。そのような評価と視点を表明して、しかも「言ってはならぬ」こととする思考停止。私の「違和感」の原因は、こちらにある。

 1月26日、米国在留邦人向けのNtbテレビ−8分過ぎから−が大竹幾久子のインタビューを放送した。「今回の受賞短歌に込められた、大竹さんの思いを語ってもらった」という紹介があったので、後日ユーチューブで確認した。
 その番組によると、大竹氏は、福島の原発事故について、放射線量が何とかシーベルトとか言うのを聞いて、「低線量で騒ぎすぎる」という印象を持った。チェルノブイリの原発事故の時のように、小さいこの健康診断を将来にわたってすると言うが、私が被爆したときはどうだったか。傷の手当てもなかった。放射能のことも知らなかった。今は「まあ、手厚いこと」と思う。「優遇されている」と思う。これらの気持ちから短歌を詠んだが、「なんとまあ言いにくいことをずけずけと言ったものだ」「日本にいれば口にも出せない」そんなことを彼女は言った。

(中略)

歌人・大竹幾久子氏にも、広島・長崎と福島との共通性を発見してもらいたい。「放射能は骨髄にとりついて、私の寿命よりも長い間 放射線を出し続けて 内臓を壊していくのだという」(Masako's Story p.89)大竹氏は、自らの放射線被曝を、子のように歌う。Ntbテレビのインタビューでは、「核兵器は使ってはいけない」「非人道的だ」友話している。その思いを、大竹市自身の体験に重ねて、広島と福島を「同列」にかたり、扱えるようになるとき、大竹氏の短歌は「あれしきの」限界を超えて、新しい歌として再生するのではないか。期待したい。

【追記】実は「あれしきの」という意識は広島市民の間にも広くある。それが広島の時間と空間を作っているのではないか。広島だからフクシマがわかるわけでは内。広島が福島を「同列」にとらえ、核被害のない世界を目指さない限り、未来への希望はない。希望の未来としての広島の課題は、福島から学ぶことである。大竹氏の歌の再生への期待は、「ヒロシマという思想」(松元寛)の創造への期待でもある。人類が「生きるために」


 実際関東のホットスポットから、被爆のことを理解してくれるに違いないと逃げた広島で同じような言葉を浴びせられたと聞きましたから、残念ながら広島の大半はここにでてこられた大竹氏と同じ考えなのでしょう。私は、にわかには信じられませんでしたが・・・
 フクシマが起きて、どうしましょうと危機感を覚えられた橋爪文さんとの視点の違い。自分の扱いを顧みて、フクシマは過保護だと思ってしまう視点。そこには被爆者をもう増やしてはならないという使命感などみじんも見られません。そして、この大竹氏は、原爆の被害がぴかっと光った一瞬にだけ起きただけで、残留放射能はなかったとする米国の見解そのままの世界に−67年たった今でも−いることが良くわかります。実際、広島で投下された原爆の168倍ものセシウム137がフクシマからは放出されたわけですから、「あれしきの被曝」という権利があるのは、実はフクシマの方達なのです。
(たとえて言うならば、熱湯でのヤケドをした経験のある人が、本当はひどい低温ヤケドをバカにしてかかるモノだと思います。熱湯でのヤケドは確かに痛いし、水泡もでき大変ですが、低温ヤケドは50〜60度程度の通常ならとてもヤケドなどしない温度を長い間同じ場所に当ててしまったため、皮膚の深層まで深く深く進行し、治癒までに数ヶ月かかるおそろしいヤケドです)

 私は講演会の時に、ヒロシマ、ナガサキが復興できたのだから、フクシマが復興できるというのはウソだ。たとえて言えば、日露戦争ではあの大国ロシアに勝ったのだから、太平洋戦争でも米国に当然勝てる といっている老将の言葉に等しい。といつも説明しています。実際ヒロシマの168倍どころか、その数千倍もの放射能が放出されたのですから。

以前より、推薦している下記の図書


原発事故とヒロシマナガサキを比較した政治家に対して・・
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原発技術者が次のように言い放ちます
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・桁が違います。ヒロシマの原爆の全放出量は数十万キューリーに過ぎません。原発はその200倍から400倍あるんです。それに死の灰で、地表や海、川、大気・・・あらゆるモノが汚染されます。

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・数百マイル離れても、農作物は作れなくなります。・・・死の世界です・・・

 「あれしきの被曝」が実は、ヒロシマ、ナガサキの方だったとみんなが気がつくとき、世の中は大きく動くでしょう。なぜ、これだけの資料がありながら、被爆者の大半がフクシマの被爆をなめているのか。私には本当に理解できないことです。

(フクシマの方が被曝量が多い証拠)2011年3月21日に行われた 山下俊一氏の言葉
これから福島という名前は世界中に知れ渡ります。福島、福島、福島、何でも福島。これは凄いですよ。もう、広島・長崎は負けた。福島の名前の方が世界に冠たる響きを持ちます。ピンチはチャンス。最大のチャンスです。何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。

 今ならわかりますね。広島・長崎が負けたのは、被曝量、集団被曝線量なのです。だから、フクシマの名前が世界中に知れ渡ることになるのです。

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posted by いんちょう at 21:49| Comment(10) | 日記