ようやく、班員全員と顔を合わせることになりました。
当直長(課長クラス・・船長)
副長(班全体のまとめ)
主任(各号機の操作・・2人)
副主任・・現場のまとめ
主機操作員 2名 (中央操作室のパネル操作)
補機運転員 3名 (現場のサーベランス、パトロール担当)
たしか、全部で10人でした。
この当直勤務に出られないときは、休みの人か日勤業務の人が代わりに入り、10人の定員は守られます。(この調整が結構面倒)
わたしは、学園卒の副主任と同期の学卒1名と一緒に現場パトロールをすることになりました。
各直にタービン、リアクター(原子炉建屋)と1名ずつ現場に行くことになります。今福島第一原子力発電所をみても、あんまりよくわかりませんが、何しろ広いのです。原子炉建屋は、地下2階の地上5階建て。しかも各階の高さは、通常のビルよりも遙かに高く、階段で上り下りするのは大変です(エレベーターがありますが)。しかも、ところどころは線量が高いところもあり(といっても、今では驚く数値ではありません。0.1mSv/h から 0.2mSv/hr程度。当時は,10-20mRem/hr)、それなりに素早くみる必要あり。
リアクターには、様々な機械が配置してあります。
・M/Gセット(モーターと発電機の組み合わせ。電源喪失時にも瞬断しないように)
・蓄電池(いわゆるバッテリー)
・非常用発電機(一つのシリンダのおおきさが人よりも大きいくらい。)6600MWe クラスだったような。。。
・建屋の送風、排風機(とてつもなく巨大です。)
・ポンプは無数
・遮断機も無数
・計測機器も無数
・現場操作盤が各階に2カ所程度
・中央操作室がゲリラなどに占拠された場合でも、操作できるための緊急操作室(一般公開用図面では、省いているそうです)
タービン建屋は、2階が通称オペフロ。タービンと発電機が配置してあります。地上3階地下1階だったでしょうか。復水器周りは運転中は線量が高く、立ち入り禁止区域。(100-1000mREM/hr)タービン駆動のポンプ周りが比較的高線量。あとは、最終の給水加熱器、湿分分離器あたりも高線量でした。
低圧復水ポンプ、低圧給水加熱器周りは、ほとんど線量なし。
こういったところを、各直パトロールしていきます。1直時に大変なのは、サーベランスといわれる起動試験でした。重要度に応じて、週一回、月一回のサーベランス日が決まっており、サーベランスの時は、現場のパトロールが大変でした。特に、非常用ディーゼル発電機はしょっちゅうありますので、もう大変。最初のうちは物珍しかったのですが、だんだんと面倒だなぁと思うようになりました。もちろん、重油がどれだけ残っているかも、日勤時の外回りパトロールで必ずみます。
今回の福島第一原子力発電所で、非常用ディーゼル発電機が起動しなかったことで、東電の点検漏れを指摘する声がありますが、それは大きな間違いです。何が一番怖いかをわかっているのは、現場。この非常用ディーゼル発電機が起動しないということは、
・地震で壊れた
・津波で破損した
のいずれかしかあり得ません。それだけは、自信を持っていえます。毎週起動テストをしている機器が3つとも動作しないことはあり得ないのです。
また、蓄電池もかならず電解液の比重を測定していました。取り替え間隔も決まっています。メンテナンスをしていなかったから動かなかったということは、あり得ません。一般の管理基準で、原子力もそうだろうというのは大きな間違いです。
ECCSと呼ばれる非常用ポンプ、その他の非常用バルブもすべてサーベランスをしています。通常の状態では、事故を起こすことはあり得えません。
最初、1mRem( 0.01mSv)の被曝をした同期が、ぼそっと
「もう、この被曝は消せないんだよな。」
といっていたのが今でも思い出されます。
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