2011年05月20日

御用学者の正体 (東工大 有冨 正憲教授)


2011.9.10 削除確認(Fukushima Central Television)





この解説に出られている方は、
東工大の 有冨正憲教授 です。

有冨正憲 ありとみまさのり 斉藤正樹 内閣官房参与
福島第一原発の事故を受けて、政府は東京工大原子炉工学研究所の有冨正憲(ありとみまさのり)所長と斉藤正樹教授の2人を内閣官房参与に任命しました。

と現在の対策本部の参与でもあります。

この方の発言にこの1号機の爆発は、

「私はよく知らないが、爆破弁をつかった一つの作業である。この操作により圧力が下がった。」

という主旨の発言されているようです。

 現在の日本の縮図とはいえ、どうしてこのような方が専門家としてもてはやされるのでしょうか?

・爆破弁 たしかに沸騰水型原子炉にはついています(1号機にあるかどうかまでは知らないですが)。これは、原子炉内にホウ酸水を注入するための弁で、いったん操作をすると、もう閉めることができないとう、使うのには非常に勇気がいる弁なのです。とある研修の時に、先生としてきていた運転担当者が、
「この弁を使う決心は出来るかな。これを使うと廃炉決定だから。」
といっていたのを思い出します。使用すると決めたときには、絶対に失敗せず、しかも必ず動作しないといけないという弁なのです。(私は、原子炉周りは担当していないので、パトロール時に外観をみただけ)用語自体は存在するのですが。。

・1号機で吹き飛んだ部分は、確かにこれより下部の建物に比べて、壊れやすく出来ています。それは、こういった水素爆発が起きたときでも、建屋全体に影響が及ぼすのを防ぐために、もろいところをわざと作っているのです。

 こういった断片的な知識をつなげて、さも本当そうに発言されたのでしょう。その回転の速さには敬服いたしますが、この原子力で飯を食べている人とはわたしにはとても思えません。

 この方は、原子力がバラ色だった世代のはずです。(おそらく、東電の武藤副社長と同年配のように思えます)この時は、当時一番優秀な人間が原子力部門に行き、目を輝かしていた時代です。
武藤副社長の部下だった時代に聞いたのですが、
・高速増殖炉で燃料はほぼ無尽蔵。ほとんどただで電気を作ることが出来る。
・原子力機関車
・原子力飛行機
・原子力船(一応実用化されましたね)
等の夢があったと話されていました。
(まあ、夢のエネルギーで、なにしろアトムも原子力エネルギーを使ってましたし)

 そういった世代のはずなのです。

調べると、

有冨教授 1947年生まれ。1977年東京工業大学大学院理工学研究科原子核工学専攻博士課程修了
武藤栄  1950年生まれ 1974年東京大学原子力工学科大学院卒業(現役ならば)

 やはり、裏付けられました。有冨教授の講座にいる東工大生に評判をお聞きしたいのですが、まあ聞くまでもないでしょうね。

もうひとり同年代の人がおられました

菅直人 1946年生まれ 1970年に東京工業大学理学部応用物理学科(現・物理学科)を卒業。

有冨教授とキャンパス時代がつながっていますので、もしかしたら面識があるのかも・・・


 本当の専門家は、実際にプラントを作ったり、運転をしたりしている人のはずです。ともすると日本では、

専門家=大学教授

と権威ですぐに決めてしまいがちですが、それではいつまでたっても現状は変わりません。専門家という形容詞が、権威ではなく、実際にそのものをやり続けている実地の人(本当によく知っており、現場の人が助言を得たい人)に向けられるよう願っています。

 現場を全く知らない人に、現場のことをわかってもらうのは尋常な労力ではありません
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posted by いんちょう at 00:04| 原子力