2011年06月21日

すべては、本当のことを認めてから



本当にこのようなことが行われてしまいました。フィルムバッジを渡してまで、放射能が存在している場所に住んでもらうような国家が今まであったでしょうか。衝撃的で、信じられない映像です。


精神的損害に10万円「話にならない」悲痛な声
「話にならない」「お金も大事だが、早く家に帰れるようにして」
 原子力損害賠償紛争審査会は、避難住民の精神的損害について、基準金額を示して賠償することを決めたが、福島県内で避難生活を送る住民からは、悲痛な声が上がっている。
 南相馬市の桜井泰夫さん(64)は、「被害者は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのに、子供だましで話しにならない」と怒りの矛先を政府に向けた。自宅が東京電力福島第一原発から32キロ離れた所にあるため、東電の仮払い補償金の対象外になったことに不信感を募らせており、「30キロという線で補償を線引きされた。もらったのは放射線だけだ」と語気を強めた。
 会津若松市の旅館で、家族5人で暮らす大熊町の主婦志賀美子さん(55)は「精神的な苦痛はお金に換算できない。とにかく家に帰りたい」と話した。
(2011年6月20日20時54分 読売新聞)


随分前に流れたニュース
原発周辺「20年住めない」=菅首相が発言、その後否定
 菅直人首相は13日、松本健一内閣官房参与と首相官邸で会い、福島第1原発から半径30キロ圏内などの地域について「そこには当面住めないだろう。10年住めないのか、20年住めないのか、ということになってくる」との認識を示した。松本氏が会談後に明らかにしたものだが、首相は同日夜、「私が言ったわけではない」と記者団に語った。
 松本氏によると、同氏は首相に対し、避難生活を強いられている周辺住民の移住先について、福島県の内陸部に5万〜10万人規模の環境に配慮したエコタウンをつくることを提案。首相は賛意を示し、「中心部はドイツの田園都市などをモデルにしながら、再建を考えていかなければならない」と語った。
 ただ、松本氏はその後、「20年住めない」との発言について、「私の発言だ。首相は私と同じように臆測(認識)しているかもしれないが、首相は言っていないということだ」と記者団に釈明した。(2011/04/13-19:56)


 チェルノブイリは、25年たった今どうなっていますでしょうか?
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posted by いんちょう at 20:36| 原子力