2013年08月11日

存在証明を取っておこう

 311から約1ヶ月の間、フクシマ近辺に住んでいる人はかなりの高レベル放射能にさらされました。首都圏でも、かなり強い被ばくの症状が出ていることから、それは明らかです。県民自体もかなりの被ばくをしていると自覚している福島県はある程度の知識がありるますが(下の写真のように否が応でも意識せざるを得ない)、

2013081101.jpg
(公園利用−環境放射線の影響により、1日あたり1時間程度としてください−福島市)
ukushima - the fog of silence above the country of the rising sun

隣県の宮城県は全く大丈夫と行政自らが発表していますので(その割には、測定値を隠蔽していますが)、さらに大きな被害が出てくることは、まあ間違いないところです。フクシマ=福島県ではないことに十分注意してください。大きく言えば、地球全体が入る(まさしく、その程度の規模です)のは間違いありません。

 原爆により放射線被害が起きることはよく知られていますが、被害救済のために必要な書類をご存じでしょうか。被爆者手帳より

申請の際には、
被爆者健康手帳交付申請書
申述書(兼誓約書)
被爆証明書(第3者2名以上の証言)
罹災証明書・在学証等公的機関が発行した証明書(証明書がある場合)
被爆当時の家族の状況票
理由書
住民票
戸籍抄本(胎児の場合)
印鑑
が必要である。なお、第3者の証言については無くても申請可能である。詳しい手続きについては各自治体の窓口などへ問い合わされたい。


 また、水俣病でも、訴訟に詳しい人が、

水俣の場合は、多くの人が、この地域の魚は有機水銀に侵されていない、という熊大の権威者の折紙付きのため、滞在もしくは住居証明を持たずに、他へ移住した人たちが補償問題で長年にわたって苦しんだ(ている)」との話になり、彼らに「このような証拠は残しておくこと」、と注意事項を与えている

と言う警告を与えています。2011年の3月にどこに住んでいたか。これを証明するのは簡単なようで難しい。

・在学証明、出席簿(学生の場合)
・近所の方の証言
・当時のレシート(2年も前ですから、捨てていることでしょう)
・スナップ写真(合成も可能ですが、ないよりもいい)
・在籍証明(会社−つぶれる前に)
・美容室の利用証明(顧客リストを作っているところが多いとか)
・医院の通院証明(病気持ちの人のみ。医院がなくなるまえに)
・当時の日記
・どれもなければ、いまのうちに当時の生活状況について、思い出せる限り、書き出して、録音しておく。どこのスーパーで買い物をしていた、どこの美容室に行っていたなど、具体的な店名をきちんと記録。

かなりの被ばくをした人は、健康な人がどんどん少なくなります。今のうちに、きちんとした証明ができるように、書類をそろえておきましょう。最も、この汚染状況は世界中から損害賠償請求が来ることが、想定されますので、国民に回すお金があるかどうかは、わかりませんが。

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posted by いんちょう at 03:01| Comment(7) | 原子力
この記事へのコメント
線量計 3時と5時の間になにか通り過ぎましたか。
とんでもないことになっていますが。

Posted by つきのわっくま at 2013年08月11日 08:17
住居証明ですか…
うーん、思ったよりむずかしいのですね。

旧住所の書いてある年賀状や確定申告書などはどうでしょうか。

私は避難移住した際に、移住先に放射能汚染物を持ち込みたくなくてほとんど処分しています。何が残っているのか改めて考えている所です。

いつもながら先生、振り返る機会をありがとうございました。

Posted by hanna at 2013年08月11日 12:03
いつも貴重な情報を有り難く勉強させていただいています。
この記事へのコメントではありませんが今日の線量が高いと思ったもので。
今日はpm2.5濃度も高かったようできれいな空気のもとに暮らせない時代なんだなとしみじみ感じました。
Posted by 渡辺さよみ at 2013年08月11日 19:42
質問

東京都内で被曝したのですが、証明はとっておいた方がいいですか?

(1年後、西日本に逃げました。)
Posted by 存在証明 at 2013年08月11日 22:25
存在証明…とても深い響きがありますね。

ケーブルTVのヒストリーチャンネルで戦争史シリーズを再放送していましたが、
東京大空襲では警報は鳴ったものの大阪や他の大都市とは違って避難指示は出なかったと。
わかっていたのに出さなかったと。
結果、むざむざ10万人が亡くなった。

つまりいつの世も国は大被害が出るときやメンツが立たないとき(この場合は国の首都を攻撃される屈辱)ほど、何もせず見殺しにするということ。
これはいつの世もどの国もそうなんだと心に刻んで、庶民はなるべく身軽に動けるよう日頃気を付けて生きるしかないと思います。
永年、散々国に蹂躙されてきた中国人が世界中に散り、財産は現物でなるべく身に付ける習慣なのが最近とても納得です。

でも絶望する必要はありません。国とはそういうものなんだ、と割り切ればいいのです。
割り切ると言ってもナアナアに赦すわけではないです。役人たちは国民が雇用しているのだから厳しく管理していかなきゃね!
面倒臭がっていると自らの存在も証明できません。
Posted by クミン at 2013年08月12日 12:47
こんばんは。

前回コメントさせていただいた、「若戸トンネルの消防車転倒事故」ですが、続報です。

8月5日の晩の発生でしたが、翌6日には消防局が、「機関員は80km/h(緊急車両の制限速度)ぐらいで走行していたと言っている。」「事故防止に努めます。」と原因無視の訳の分からない発表をし、
同日に、市内全7消防署に全車両の点検や安全運転の徹底を指示。署長会議でも再発防止を呼びかけた。
と訳の分からない動きをしていました。

http://www.youtube.com/watch?v=Th-FtTyv7Fc
http://rkb.jp/news/news/15912/
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00251282.html
トンネル内の映像は、B9とB10とB12の監視カメラのものですが、
B9はすでに急ブレーキを掛けて操作不能状態ですので、操作不能となった原因を調べるためには、その前のB1〜B8の監視カメラ映像が欲しいところです。

しかし、本日、北九州道路公社に確認したところ、監視カメラ映像は3日間しか残っていないそうで、その大事な映像はすでに残っていませんでした。
福岡県警高速隊もその部分の映像は入手しておらず、消防局は全く映像チェックしていないというデタラメな話です。

ブレーキで減速しているB9の映像ですらどう見ても80km/hにはみえませんので、全くごまかせていないのですが、そんな事どうでもいいのでしょう

まー「みんなで仲良く事実の隠蔽」で、「誰も責任を取らないで済ませよう!」という事の様です。(原発事故の流れと全く一緒ですね。)

北九州市は、商店街の大火災が続きましたが、
この消防局のデタラメさを見ると、映画「バックドラフト」みたいな事がなければいいがと思います。
Posted by 大庭孝広 at 2013年08月12日 21:35
http://jo3psj.blog.eonet.jp/dxing/cat8082096/

このレポートを見て唖然としたのは俺だけでしょうか?浪江町に観光・・・
Posted by qqq at 2013年08月24日 10:08
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