2013年08月15日

「敵を一人残らず殺すことが戦争の目的」・・(劣化ウランと湾岸戦争)米国退役軍人の証言

米国退役軍人の証言を訳していただきましたので、紹介いたします。



(邦訳)
2002年11月16日
ワシントン州シアトルのユニバーシティ バプティスト教会における
前アメリカ陸軍士官兼劣化ウランプロジェクトダイレクター
ダグラス ロック博士(Dr. Doug Rokke)の講演

「劣化ウランと湾岸戦争」

ただいまお話がありましたように、我々は、湾岸戦争で非常な困難に直面しました。

私は、職業軍人として軍隊に長年奉職しました。私は、1967年に入隊致しました。ベトナム戦争に従軍しましたし、砂漠の嵐作戦にも参加しました。

砂漠の嵐作戦での私の任務は、第12予防医学部隊の一員として、戦場における保健衛生を司ることでした。また、私は、戦場での医療スタッフを養成するボーワーズレイダーズの一員として、核戦争、細菌戦および化学戦の特別実行計画に携わっておりました。

我々は、汚染された戦場を除染するために、放射性物質、細菌および化学物質を特定する責任、軍隊の人間を教育する責任、除染方法を開発する責任ならびに医学的対処法に関する指針を作成する責任を負っておりました。

湾岸戦争は、人類にとって最も有害な戦争であったと言えます。アメリカ合衆国は、80年代、計画的にそして故意に、イラクに大量破壊兵器を供与し、アメリカがイラクに出兵する素地を作りました。

このことは、アメリカ合衆国上院報告書であるリーガルレポートに記されております。インターネットでトラップロックのウェブサイトにアクセスされれば、このレポートをお読みになることができます。

イラクのどこに大量破壊兵器があるのかがわかって戦争に行ったのですが、戦争に行った軍人は、意識的に決定を下さなければなりません。

我々は、参謀本部において意識的に決定を下し、イラクの大量破壊兵器の格納場所を破壊することにしました。イラクの核兵器、生物兵器および化学兵器が格納されている場所を吹き飛ばすということです。

この決定については、シュワルツコフ陸軍大将の伝記の390ページに記されています。我々は、この決定を1990年12月に下しました。サダムフセインに武装解除させるのではなく、参戦した多国籍軍がイラクの兵器の格納場所を破壊することにしたのです。

皆様、戦争に行くというのは、殺しに行くということでございます。敵を一人残らず殺すことが戦争の目的です。それが戦争というものです。

それゆえ、戦争準備というのは、確実に戦闘に勝つことを念頭において行われます。アメリカ合衆国は、戦闘に勝つために劣化ウラン弾を使用する、と熟慮のうえで決定したのです。

1990年、私が湾岸戦争に派兵されたとき、私は劣化ウラン弾についてまったく知りませんでした。当時の私にとって湾岸戦争は、ベトナム戦争に従軍して以来、20数年ぶりの戦場でした。
1990年12月、私は、戦場で一通の手紙を受け取りました。ペンタゴンの上級保健物理学者が書いた手紙が私のもとに郵便で届けられたのでした。それには、このように書かれておりました。

「劣化ウランを検討したほうがいいぞ。」それを読んだ私は、「なんだそれは?そんなの聞いたことないぞ」と思いました。本当に知らなかったのです。

我々は、戦争に行きました。我々は、イラクが有するすべての化学兵器と生物兵器の格納場所を吹っ飛ばしておりました。

まるで、アイスキューブをトンカチで叩いているような有様でした。トンカチで割ったアイスキューブは、破片となってトンカチを持った人間に飛んできます。

我々が破壊した化学兵器や生物兵器の破片は、我々アメリカ兵に跳ね返ってきたのです。アメリカ兵にだけでなく、イラク人、クウェート人およびサウジアラビア人にも飛び散っていきました。

我々は、農薬も本来とは違う目的で使用しました。信じられませんよね。農薬とは、有害な工業化学物質です。

我々は、大きな街をゆり動かしておりました。大きな街を轟かせていたのは、巨大な軍隊です。軍隊は、その持てる力のすべてを動員して破壊行為を行いました。そして、破壊してできた破片が、我々全員に跳ね返ってきたというわけです。

我々は、いろいろな予防注射をしておりました。炭疽の予防注射もしておりましたが、この注射液にはアルミニウムの代わりにスクアレンが免疫補助剤として入っておりました。免疫補助剤には、予防注射をした局所の免疫応答を高める効果がありますので、ワクチンの効き目が高まるとされています。

しかし、スクアレンが免疫系等に影響を与えてしまいました。私たちは、いたるところで、食中毒や水あたりになりました。

そこらじゅうで、石油井戸が吹き飛んでいましたから、不完全燃焼した副産物があちこちにありました。破壊行為の結果できた大量の副産物です。有機物、無機物、重金属はもちろん、なんでもかんでもがあたりに飛び散っていて、我々は、それらの副産物を吸い込んでおりました。

毒物戦でした。毒物の氾濫でした。

そんなところに劣化ウランが使われることになりました。湾岸戦争の間、アメリカ合衆国は、ウラン238を含有する350トン以上もの弾丸を発射しました。

考えてみてください。私たち一般市民が、私の故郷のイリノイやここシアトルやイギリスや世界の何処でもいいですが、10ポンド(4、536グラム)のウラン238を持っていたとします。そして、そのウラン238の固まりを誰かの家の庭先や公園に投げ込んだとします。

今日、私は、マサチューセッツ州から参りました。マサチューセッツ州には、アメリカ建国の歴史を誇るケンブリッジコモンという有名な公園があります。ですから、その公園にウラン238を投げ込んだとしましょうか。

さて、一般市民がウラン238をどこかに投げ込んだとしたら、一生、牢屋行きでございます。ずっと牢屋に入ることになります。

しかし、アメリカ合衆国が自国の放射性廃棄物を弾頭に詰めて他人の庭先に投げ込んでも、責任を免れることができます。または、責任を免れることができる、とアメリカ政府は考えてきました。

劣化ウラン弾というのは、固体のウラン238です。劣化ウラン弾はコーティングされてもいなければ、先端を尖らせてもいません。エイブラムス戦車が発射する砲弾の1発には、プルトニウム、ネプツリウムおよびアメリシウムに汚染されたウラン238が10ポンド(4,536グラム)使われています。

湾岸戦争による汚染の原因となった劣化ウラン弾は、アメリカエネルギー省のケンタッキー州のパデュカ工場、テネシー州のオークリッジ工場およびオハイオ州のポーツマス工場で製造されました。これらの工場でウラン238の爆弾が製造されたのです。

さて、A10ワーホグ攻撃機というのは、驚異的な対装甲車爆撃機です。これは、エイブラムス戦車と同様、非常に優れた戦闘能力を有しています。1発の弾頭には、4分の3ポンド(340グラム)のウラン238が使われております。ウラン弾は、コーティングされておらず、先端を尖らせてもおりません。
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米国による劣化ウラン弾の攻撃を弾劾する

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米軍が劣化ウラン弾を使用し続ける理由

我々は、湾岸戦争中、A10攻撃機から30ミリの弾頭を100万回発射しました。戦車からは、1万5千発を発射しました。固体ウラン238をおよそ350トン放ったのです。

湾岸戦争の死亡者および負傷者の殆どは、同士討ちが原因です。つまり、アメリカ兵がアメリカ兵を劣化ウラン弾で傷つけたのです。

私は、ペンタゴンからシュワルツコフ大将を通じて、ディージーズー氏のもとで働けと命令されました。シュワルツコフ大将は、戦場の司令官で、事実上、多国籍軍の総指揮者でした。ディージーズー氏は、戦場の医学関係の指揮官で、私の上司でした。私は、シュワルツコフ大将とディージーズー氏から、ばらまかれた劣化ウランを片付けろと命令されました。そして、その任務を遂行しようとしたのです。

[訳注: 音声からは、「ディージーズー」と聞こえるのですが、調べてもこの方の氏名の綴りがわかりません。そのため、陸軍における肩書きなどもわかりません。]

除染活動を任命された我々が、サウジアラビア北部のキングハリド軍事都市に入ったとき、味方の発砲を受けた戦車を集める作業が行われておりました。
[訳注: 以下、参考資料。
キングハリド軍事都市

航空写真.com 空から世界を眺めたらさんより
サウジアラビア: キングハリド軍事都市

King Khalid Military City

Short History on KKMC
]


我々がそこに歩いて行ったとき、第144補修部隊がすでに任務についておりました。彼らは、長靴を履いてはいたものの、膝丈のミリタリーショートパンツという服装でした。それだけです。あまりにも無防備な格好でした。そして、彼らは、ウランの粉塵を吸い込んでおりました。胸いっぱいに吸い込んでおりました。ウランの粉塵を体内に取り込んでおりました。

我々の部隊はそこに歩いて行ったのですが、先に任務を開始していた第144部隊を見て思ったことは、ただ一つです。今、私たちがいる建物にふさわしい言葉です。私たちは、今、教会におりますね。我々部隊が思ったことは、「ああ、神様、お助けを」でした。

72時間経たないうちに、我々は体調不良になりました。72時間以内に、私の呼吸器は異常をきたしましたし、私の部隊の人間も全員、呼吸器がおかしくなりました。我々に先行して現場入りしていた第144部隊もすでに異常をきたしておりました。同士討ちに関する報告書に体調変化について書かれてあります。72時間以内に、体に異常をきたしたのです。

皮膚に発疹が出ました。皮膚がただれて炎症を起こしました。皮膚が破れて出血しました。

我々は戦場におりました。我々の周囲では、あちこちで爆発が起きておりました。我々は、破壊された戦車から弾薬や兵器を取り出しておりました。我々は、混乱した状況におりました。皆が口々にこのように申しておりました。「マスクをつけろ。皮膚をカバーしろ。どんなのでもいいからマスクをつけて、皮膚もカバーしろ。」38度を超える暑さだったんですよ。

皆は、「医者がするような検査用の手袋と手術場のマスクが必要だ」と言っておりました。しかしですね、医療現場で働いている方ならご存知でしょうが、手術用のマスクというのは、つばが飛ばないようにするにはいいのですが、他にはあまり役には立ちません。

さて、酸化ウランは、サブマイクロメートルという単位の大きさです。ビー玉のような丸いものが、サブマイクロメートルになると考えてみてください。サブマイクロメートルというのは、1万分の1ミリです。これは、原子の大きさです。そして、我々は、その目に見えない小さなウランの塵を吸っていたのです。軍隊の人間は皆吸っていたのです。そして、体が変になりました。

さて、私は、保健物理学者として部隊に責任を持っておりましたから、医学関係を司る指揮官のところに行って申しました。

「即刻、同士討ちの被害にあった者達に治療を施すべきであります。放射線生物学的毒性検査を行うべきです。鼻腔と咽頭を綿棒で擦って検査すべきです。

喉の奥に綿棒を入れて擦ってみて、兵士達がウランを吸い込んだかどうかを検査するべきです。

兵士達の尿を採取して、尿からウランを排出しているかどうかを検査するべきです。兵士達の大便を採取し、便からウランを排出しているかどうかを検査すべきです。

即刻やるべきです。ウランはすぐに、放射性物質としてよりも、主に重金属として問題を起こします。このような重金属中毒の場合、鉛中毒と同じように、キレーションをする必要があります。直ちにしなければなりません。生物学的半減期というものがあるからです

アメリカ軍は、当初、ウランは放射性物質ではないと明言しました。ウランは重金属であると言いました。それゆえ、我々は、鉛と同様に、ウランについてのキレーションを行わねばなりません。

それも、即刻にです。生物学的半減期というものがあるので、早急にしなければいけません。生物学的半減期というのは、ウランが体の別の部位へ移動したり、尿から排泄されたりすることにより、検知できなくなってしまうということです。だから、即刻、検査をすべきです。」

アメリカ軍は、私、私の部隊、同士討ちの被害者に治療を行うことを拒否しました。そして、現在まで拒否し続けております。

多くの同士討ちの被害者たち、つまり、自国の兵士に撃たれてしまった我が国の英雄達は、出征すれば当然受けられる医療をいまだに受けることができないのです。

兵士は、出征したことによる傷病について、医療を受ける資格があります。しかし、我々は治療を拒否されて参りました。

私も、私の部隊の人間も、除染活動の現場に入って72時間以内に、様々な症状に襲われました。同士討ちの被害者の場合は、72時間どころか、もっと短時間のうちに症状が出たはずです。

私は、同士討ちの被害者が出た部隊の指揮官のところに行ってこう申しました。
「被害者を治療しろ。ウラン中毒になっているぞ。」

しかし、被害者が治療を受けることは決してありませんでした。

私の親友のジェリー ウィードさんも、同士討ちの被害者です。ウィードさんのお父様は、以前、ロスアラモス研究所の科学者でしたから、ガイガーカウンターをお持ちでした。

このお父様が、後年、ガイガーカウンターを息子さんに当ててみたのです。そして、なんて仰ったかというと、「おやまあ、私の息子から放射線が出ている。なんてことだ。アメリカ軍は、うちの息子に入った『破片』を取り除いてくれなかったんだ。」

その通りです。アメリカ軍は、兵士の体に入ったウランの破片を取り除いてはくれなかったのです。
[訳注: 付録3をご参照のこと。]

我々は、有害なゴミ捨て場を造ってしまいました。イラクもその大量破壊兵器とスカッドミサイルで攻撃してきましたから、有害なゴミ捨て場を造りました。

私は、32回、スカッドミサイルの攻撃を受けたことがあります。頭が吹っ飛ぶのじゃないかと思いました。爆撃を受けているときというのは、ご想像頂けることと思いますが、ベッドの下に潜り込むしかありません。ベッドと言っても、簡易ベッドです。なんとか防護服を着込んで、防護服が役に立ってくれますようにと祈っているだけです。

ありがたいことに、ミサイルは私のところへは落ちてこず、我々の兵舎は吹き飛ばされずにすみました。でも、有害なゴミ捨て場は造られました。

さて、劣化ウランとはなんでしょう?劣化ウランというのは、ウラン238のことです。化学的には、六フッ化ウランとして知られています。原発の燃料や原爆の材料となる核分裂可能な物質であるウラン234とウラン235を取り出すときにできる副産物です。

天然ウランの固体100ポンド(45キロ360グラム)あたり、99.2ポンド(44キロ997グラム)がウラン238で、0.8ポンド(363グラム)が核分裂可能なウラン234とウラン235です。

濃縮処理を続けていますと、100ポンド(45キロ360グラム)の固形ウランから、99.8ポンド(45キロ269グラム)のウラン238ができて、0.2ポンド(91グラム)のウラン234と235ができます。このようにしてできたのが、劣化ウランと呼ばれているものです。

でも、皆様、劣化ウランとはいっても、劣化などしておりません。アメリカ政府や軍は、わざわざ「デプリーテッド」(depleted)という言葉を用いて、「消耗した」とか「枯渇した」とか「使い尽くされた」とか「激減した」という意味を付加し、ウランが危険ではないかのような印象を与えています。しかし、そんなことはまったくありません。

政府は、報告書等で、劣化ウランは他のものに比べると、40%も放射性が低いと言っております。そして、そのことだけを言っております。

なぜかというと、政府は、私が書いた他の文章を端折って書かないからです。私がせっかく政府のために書いてやったのに、政府は私の文章を報告書に盛り込むのを忘れているのです。アルファ線が体内に入ると怖いのです。

ウランからは、3つの放射線が出ます。

アルファ線またはアルファ粒子というのは、ヘリウム原子核です。ヘリウム原子核には、2つの陽子と2つの中性子があります。

このアルファ粒子が細胞に入ってしまうと、非常に電離作用が強いので、細胞に深刻な損傷を与えます。細胞を引き裂いてしまうのです。

ガンマ粒子は、体の外側にありますし、沢山あるものではないですし、エネルギーとしても低いものです。

そしてベータ粒子は、電子のようなものです。我々の体内の「電線」を通り、電気を発生します。

さて、ウラン238の比率を99.2%から99.8%に変えるとします。すなわち、100ポンド(45キロ360グラム)のうち、ウラン238を99.8ポンド(45キロ269グラム)にまで高めるとします。そうするとどうなるかというと、アルファ粒子が出る比率も増加するのです。

だから、ウラン238が体内に入ると、体に異常をきたすのです。だから、私たちが病気になったのです!

有害なゴミ捨て場ができました。劣化ウランを意図的に使用したからです。私は、ゴミ捨て場をきれいにしなければいけないと考えています。

また、劣化ウラン弾が、コーティングも先鋭化もされていないということにも留意すべきです。何度も申しますが、コーティングも先鋭化もされておりませんでした。

政府が立て続けに出した報告書には、劣化ウラン弾は、鉄や鉛でコーティングされているかのように書かれていたり、劣化ウラン弾のウランは鉄や鉛と混ぜてあって、その先端はを尖らせてあるかのように書かれております。しかし、そんなことはありません。
[訳注: 付録1をご参照のこと。]

劣化ウラン弾は、ウラン238の固体です。戦車の弾頭一発につき10ポンド(4,536グラム)、A10攻撃機の弾頭1発につき4分の3ポンド(340グラム)のウラン238の固体を使用しています。

[会場からの質問。質問者の声は録音されていません。]

[会場からの質問への回答]
ご質問ですか?どうぞ。
ええ、まったくコーティングされておりません。A10攻撃機用の弾頭には、非常に薄い銅のコーティングがされております。30ミリメートルの弾丸のことです。この銅のコーティングで、弾倉を保護することができるのです。それだけです。
戦車用の劣化ウラン弾にはコーティングはされておりません。よろしいでしょうか。戦車用のものには、ペンキが塗られているだけです。
よろしいでしょうか。他には何も施されておりません。やろうがやるまいが、どうでもいいことなのです。つまり、破壊力があれば、それでいいのです。
[回答終了]

さて、劣化ウラン弾が衝撃を受けるとどうなるかについてお話しましょう。

皆様、私は戦士でございます。話がそれますが、たぶん、スコット リッターさんのことをご存知の方もいらっしゃるでしょう。リッターさんは化学屋で、私は核屋です。リッターさんはいい人です。言葉では言い尽くせないほどいい人で、神様の祝福があることを祈っております。私の良き友人でもあります。リッターさんは、アメリカの英雄の一人でもあります。
[訳注: Scott Ritter]

話が脱線してしまいましたね。

さて、劣化ウラン弾を発射しますと、どうなるかについてです。

後ほどスライドをご覧にいれますので、その際にお解りになると思いますが、劣化ウラン弾は、自動的に発火いたします。ウランには、自然発火性があるからです。ですから、空気の中を移動するだけで発火するのです。空気との摩擦が生じるからです。そして、このウラン弾を非常に高速で発射します。

ウラン弾の大きさと重量についてですが、戦車が発射する一つの弾頭は、直径4分の3インチ(1.905センチ)で、長さが18インチ(45.72センチ)です。1つの弾頭は10ポンドですから、約4500グラムです。

これは、巨大な運動エネルギーを持つダーツです。この巨大なダーツが、驚異的な速度で空中を飛び、直径4分の3インチ(1.905センチ)の円という狭い面積に途方もない力と圧力を持つことになります。本当に気が狂ったような感じで飛びますよ。なんでも殺せます。戦車の中の人間ももちろん殺せます。

スポーリングが起きます。空を飛んでいる間にウランがはがれてきます。そうすると中味が見えてきますが、その中味とは手に持てる程の大きさのボールベアリングです。そして、このボールベアリングが発火します。
[訳注: スポーリングとは、耐火物が剥落したり崩潰する現象のこと。]

そのような弾頭を非常に高速で発射するわけです。ですから、戦車も貫通します。戦車の中のなにもかもが発火します。戦車の中のなにもかもが爆発します。戦車の乗組員は全員死亡します。

もちろん、戦車の乗組員で生き残った人も若干名おりますが、それは、乗組員が発砲を受けたときにどこにいたのか、戦車に何発の弾頭を受けたのか、弾頭の破片がどこに散ったのかということによります。

劣化ウラン弾が着弾しますと、炎の嵐となります。戦車の中で火が燃え盛るのです。信じられませんよね。ご覧になった方もおられるかもしれませんが、劣化ウラン弾を受けた戦車の中は、このビデオのようになります。これは、地獄絵でございます。
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劣化ウランの健康影響 (09-02-03-11)

さて、劣化ウラン弾を発射し、破壊活動を行いますと、酸化ウランの塵がいたるところに舞い落ちます。このことは、私が劣化ウランプロジェクトダイレクターとして、ネバダ核実験場の砂漠での実験を行ってわかったことです。

1994年に、私は、北大西洋条約機構に加盟するアメリカ合衆国の国防総省陸軍省による劣化ウランプロジェクトのダイレクターに任命されました。だから、私がウランの研究をやったのですよ。

私は、劣化ウランの使用法を考えるようにとの命令を受けたのです。それで、私は、頭の良い陸軍士官でしたから、次のように答えました。「かしこまりました。戦争の目的は殺人ですから、劣化ウランの使用法を研究し見つけ出します。」

皆様、目的は殺すことです。このことをご理解ください。

さて、劣化ウランプロジェクトのもと、我々は、ネバダ核実験場で戦車を吹き飛ばすなどの実験や研究を行い、どのように酸化ウランの塵が広がるかを観察しました。

ウランの粉塵は、戦車の内側にも外側にもつきます。そして、ウランの固体は破壊された戦車から半径25メートルの範囲に見られました。

それゆえ、劣化ウラン弾が着弾した場所に近づく時は、フル装備をして、呼吸器と皮膚を防護しなければなりません。一般にガスマスクと言われるものを着用し、また、塵が皮膚につかないようにするための防護服を着なければなりません。絶対にです。アメリカ陸軍は、訓練マニュアルを作成しており、通常の任務遂行訓練の箇所に、そのように規定しております。

我々の研究の結果、ウランが衝撃を受けた場合、ウランの粉塵は30分から45分以内に落ち着くということがわかりました。

しかし、ウランの塵が落ち着いた場所に、再度足を踏み入れたりして振動を加えた場合、また、塵は舞うのです。

これは、まるで、ベビーパウダーの容器をひっくり返し、中味を全部テーブルにぶちまけてから、手でテーブルを叩くような感じです。ベビーパウダーは、テーブルから舞い上がり、空中を漂ってから再度テーブルに戻ります。

そして、周囲にいる人間は、呼吸とともにベビーパウダーを吸い込み、体内に取り入れ続けます。テーブルの上はもちろん周囲にまで散らばったベビーパウダーが、きれいに掃除され、掃除用具もなにもかもが適切に片付けられるまで、吸い込み続けることになりますね。
このような研究を踏まえて振り返ってみますと、湾岸戦争の戦場で除染命令を受けた我々は、テーブルにベビーパウダーをぶちまけたような環境で、劣化ウランの除染作業を3ヶ月行っていたのだ、ということがわかります。

湾岸戦争の戦場で除染活動をしていたとき、我々の部隊にはおよそ100人おりました。3ヶ月かけて、戦闘で味方の発砲を受けた24台の戦車を除染しておりました。

それらの戦車は、砂漠に打ち捨てました。戦車から引っぱり出せなかった死体の残骸はそのまま戦車と共に捨てました。戦車からは、不発だった弾薬や武器や毒物を取り出さねばなりませんでした。
[訳注: この箇所においてロック博士は、「24台の戦車を除染していたが、それらの戦車は砂漠に打ち捨てた」と仰っています。この言い方ですと、現地で除染していた戦車のすべてを捨てたように取れるので、誤解を招くのではないかと思います。
ロック博士は、他の講演でも述べられていますが、確かに、味方の発砲で破壊された戦車で武器弾薬を取り除けなかったものは、砂漠に打ち捨てたそうです。
しかしながら、湾岸戦争で味方の発砲を受けた戦車は、現地で除染のうえ、最終的な除染または処理のためにアメリカに輸送されました。アメリカに輸送された戦車の台数は、資料によって異なっていますが、アメリカ軍の公式ページには、「第144部隊は、最終的に23台の戦車を除染または処理のためにアメリカに送った」との旨記されています。]

そして、我々の部隊の人間は、みなすぐに病気になりました。

皆様、初めてのガン患者が出たのは8ヶ月以内のことです。そして初めてガンで亡くなった人が出たのは、2年以内です。最近ガンで亡くなったのは、この間の1月です。そして、病気の発症が続出しています。

親子で病気になった方もおります。私の親友ですが、この方は、戦争中、劣化ウランをばらまいておりました。その方のお父様は、劣化ウランの除染を手伝っておりました。お父様は、すでにリンパ腫で亡くなりました。

あまりにも多くの友人がリンパ腫で亡くなりました。あまりにも多くの友人があらゆる健康上の問題で亡くなってしまいました。

劣化ウラン弾というのは、衝撃を受けると、それは素晴らしい兵器となります。

それゆえ、1991年に我々が劣化ウランの除染という特定の任務を命じられたとき、アメリカ合衆国は、なにがあっても計画的にそして故意に劣化ウラン弾を使用するつもりである、と述べたのです。

アメリカ軍は、劣化ウラン弾を使用するつもりでおりました。有名なロスアラモス覚書がございます。私は、湾岸戦争において、戦闘で使用された劣化ウラン弾の除染を命じられました。その命令を受けたあとの1991年3月に、この覚書が私のもとに送られて参りました。

その覚書をお読みします。とても明確に将来への期待というか決意が記されていますので、皆様方にも事情がよくお解りになることと存じます。

[覚書の朗読]
1991年3月1日
ニューメキシコ州ロスアラモス
劣化ウラン貫通弾の効果について

劣化ウラン貫通弾の致命性についてのデータは比較的少ない。戦車から発射される長距離の弾丸に関するデータ、または、A10攻撃機から近接航空支援として発射される短距離のGAU-8用の弾丸に関するデータのいずれかである。

最近の戦争において、標的に向けて発射された劣化ウラン弾の数は桁違いに増加した。劣化ウラン貫通弾は、イラクの戦車に対して非常に有効であったと考えられる。しかしながら、その効果については今後の評価が待たれる。


環境への劣化ウランの影響に関する懸念はこれまでもあったし、今後も懸念であり続けるだろう。それゆえ、戦場における劣化ウランの効果が主張されない場合、劣化ウラン弾は政治的に許容されないものとなるかもしれず、結果として兵器の選択肢から消去される可能性が出てくる。

最近の戦闘活動における劣化ウラン貫通弾の価値を証明できる場合、我々は、国防総省の提議を経て、将来にわたって(他により優れたものが開発されるまで) 劣化ウラン弾の存在を確実なものとすべきである。提議が得られない場合、我々はその有効な戦闘能力を失うことになるだろう。

私は、行動報告書が提出された後も、この繊細な問題を心に留めておくべきだと考える。

敬具
カール マイケル ジーン
[朗読終了]

[訳注: ロック博士は、”Service DOD”と仰っていますが、これが国防総省のどの内局なのか明確ではありません。もしかしたら、実戦訓練を担当する Aerial Delivery & Field Services Department かもしれないですが定かではありません。よって、ここでは、単に「国防総省」とだけ記しておきました。]

私は、嘘をつくように言われたのでした。私が除染活動から学んだこと、私の目で見たことを報告書に書く場合には、劣化ウラン弾を使えるような形で書けということです。劣化ウラン弾の健康への影響についても、劣化ウラン弾を使用できるような形で書け、と言われたのです。

私は、1991年3月8日に、もう一通の覚書を受け取りました。この覚書は、国防原子力局からのものでした。ここでは、その一節のみ読ませて頂きます。
[訳注:国防原子力局は、国防特殊兵器局と改名された後、1998年に国防脅威削減局に統合された。]

[覚書の朗読]
爆発性兵器の処理については、サウジアラビア、クウェートおよびイラクの砲弾戦闘部隊並びに民間人が劣化ウラン兵器に接触する機会が増えているため、我々は、潜在的な問題に対処する準備をしなければならない。

有毒な戦争の置き土産、政治的憤激および戦後の除染(二国間合意)などは、潜在的な問題の一部にすぎない。

使用された劣化ウラン弾から生じるアルファ粒子および酸化ウラン粉塵は、健康に影響をもたらす懸念がある。しかし、ベータ粒子および戦車から発射された弾丸の破片に接すると、1時間当たり200ミリレム(17,520ミリシーベルト/年)の被ばくが考えられるため、健康への深刻な脅威である。
[朗読終了]

[訳注: 放射線のうち、アルファ線は身体に入ったときに細胞を傷つける力が一番大きいとされているので、個人的には一番怖いものだと捉えていました。しかし、この覚書では、ベータ線のほうが影響が大きいように書かれています。これは、外部被曝だけを問題にしているからでしょうか。何度聞いても、ベータ線のほうが怖いように書かれているようです。ご参考までに、この覚書の書き出しは、以下。
As explosive ordnance disposal, round combat units and the civil population of Saudi Arabia, Kuwait and Iraq increasingly come in contact with DU ordnance, we must be prepared to deal with potential problems; toxic war souvenirs, political furor, and post-conflict cleanup (both nations agreements) are only some of the issues that must be addressed. Alpha particles, uranium oxide dust from expended round is a health concern. But beta particles, and fragments from tank rounds, is a serious health threat, with a possible exposure rate of 200 millirems per hour on contact.]


さて、我々は実際に計測したことがありますが、200ミリレム(2ミリシーベルト/時間)ではございません。300ミリレム(3ミリシーベルト/時間)です。1時間当たり300ミリレム(3ミリシーベルト/時間)です。

しかしながら、アメリカ政府が許容している被爆量は、1年当たり100ミリレム(1ミリシーベルト/年)です。それゆえ、20分以内に、アメリカ政府が一般人に許容している被爆量を超えてしまうのです。

そして、我々は、イラク、サウジアラビア、クウェートのいたるところに、350トンもの劣化ウランをばらまきました。我々は、意図的に、94年と95年にコソボとバルカン半島で劣化ウランをバラまき、再度、1999年にもバラまいたのです。

1999年には、プエルトリコのビエケスでも劣化ウラン弾を発射しました。沖縄でも、韓国でも他の多くの国々においても劣化ウランをまいたのですが、その後、何もしておりません。

[訳注: ビエケスというのは、米国海軍により射撃訓練のために使用されたプエルトリコの沖合の小さな島です。
少なくとも10年以上に渡って劣化ウラン弾が発射されていたと見られていますが、アメリカ軍は、1999年の「誤射」だけを認めています。また、米軍は、1999年のコソボ紛争に備えて、ビエケスで劣化ウラン弾の演習をしたとも言われています。

ロック博士の発音が不明瞭なために、
shout out "Vieques, Puerto Rico!" (「プエルトリコのビエケス!」と叫びながら、1999年にユーゴやコソボで、劣化ウラン弾をバラまいた)

と解釈すべきなのか、それとも、

shot up Vieques, Puerto Rico (プエルトリコのビエケスで劣化ウラン弾を発射した)
と聞き取るべきなのかわかりません。

正直、いずれにも聞こえてしまい、頭を抱えてしまいました。

しかしながら、ユーゴやコソボにおいて、米兵が不謹慎に『この戦場で、ビエケスでやったみたいに、劣化ウランをバラこうぜ!』と言っていたとしても、そのことは訳者には非常に些細なことに思えてきました。そして、ビエケス島で劣化ウラン弾が発射されたことがとても重要に思われてきました。

沖縄でも劣化ウラン弾の「誤射」がありました。

それゆえ、沖縄の基地問題にも絡めて、
「ビエケスという小さな島で、1980年代から劣化ウラン弾が使用されていたが、米軍は、1999年の『誤射』のみを認めた」
ということを日本人が知ることが大切だと思うからです。

ですから、ここでの和訳は、「1999年、プエルトリコのビエケスでも劣化ウラン弾を発射しました」にしたいと思いますので、その旨、ご了解くださいますようお願い申し上げます。

以下、いくつかの新聞記事をご紹介します。

琉球新報より
1997年2月14日環境汚染懸念 憤る漁民 劣化ウラン
1997年2月14日鳥島での訓練、続行 米軍劣化ウラン誤射
1997年2月21日琉大教授が放射能汚染の可能性指摘 劣化ウラン弾事件
1997年8月15日劣化ウラン弾撤去の反響 久米島
2010年8月26日劣化ウラン弾 政府、貯蔵可能性認める

ノー ニューク アジアフォーラム さんより
「韓国の米軍基地に劣化ウラン弾300万発」

February 1, 2001 The Gully Depleted Uranium: Vieques-Kosovo connection (劣化ウラン ビエケスーコソボ コネクション)
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There is evidence the DU shells have been in use for at least a decade,
though the Navy only admits to using them in February of 1999, while
practicing for the war in Yugoslavia and Kosovo.

(アメリカ海軍は、ユーゴスラビアおよびコソボにおける戦争に備えた演習のために、1999年2月に劣化ウラン弾を使用したことのみを認めた。しかしながら、少なくとも10年間は劣化ウラン弾が使用されてきたという証拠がある。)

June 10, 1999
Latin America Report Puerto Rico
US Navy used DU( ラテンアメリカレポート「米軍は劣化ウランを使用した」)
The US Navy admitted on May 27 that in early
March of this year, a Marine fighter jet accidentally fired 263 armor-piercing shells
loaded with depleted uranium at a Navy practice range on the Puerto Rican island
municipality of Vieques, 20 kilometers from an area inhabited by civilians.
(アメリカ海軍は、5月27日、今年3月初旬に、プエルトリコのビエケス島の海軍射撃演習場において、海軍の攻撃機が劣化ウランを充填した263発の装甲貫通弾を誤射したことを認めた。誤射があった場所は、同島の島民が居住している地域から20キロ離れている。)]


そういうわけで、アメリカ軍は健康への影響をあることは以前から知っている、と我々に伝えたのです。それで、私は、保健物理学者でしたから覚書をもらったのですね。

その覚書に書かれてあったのは、つまり、こういうことです。

「おい、おまえが観察してもさ、それが書かれることはないんだよ。なんでかわかるか?俺たちアメリカ軍は、本当のことをいつも適用するわけにはいかないからさ。もちろん、すごく深刻な健康障害があるのは知ってるぜ。」

そして、2、3年前になって、やっと私は、なぜだかわかりました。1943年というのが、鍵でございます。1943年に、アメリカは戦争をしておりました。第二次世界大戦です。

レズリー グローヴス大佐がマンハッタンプロジェクトの指揮者として、原爆を製造しておりました。そのとき、コナント氏、コンプトン氏、ユーリー氏という世界の偉大な物理学者が、グローヴス大佐に宛てた手紙のなかで提案していたことがあります。

アメリカ合衆国が意図的に放射性物質およびウランを用いて、空気、水、土壌を汚染することにより、汚染地域の住民の呼吸器や血液に影響を与えたり、また、住民にガンを発症させたり、住民の消化器官に影響を与えたりなど、ありとあらゆる健康障害を引き起こさせることを勧めていたのです。

道理で、私や、私の部隊の人間や同士討ちの被害者たちが、72時間以内に健康障害に襲われたわけです。もちろん、イラク人にも健康被害が出ました。すべての場所で健康被害が出たのです。

ようするに、アメリカ軍は、健康被害が出ることを、ずっと前から知っていたのです。だからこそ、国防原子力局の3月8日付け書簡において、「深刻な健康への脅威」なんて書かれてあったわけです。なんの不思議もないです。だって、アメリカ軍は、ずっと前から知っていたのですからね。

さて、劣化ウラン弾はどのように作用するでしょうか。劣化ウラン弾の攻撃を受けた者はすべて殺されます。あたり一面が火の海になります。信じられないほどです。

では、劣化ウランが体内に入ったらどのようになるかですが、我々の場合、かなり短時間のうちに呼吸器がおかしくなりました。私だけでなく、私の部隊の人間や他の全員もです。「超ぜんそく」と名付けたいほどの症状が出ました。ご想像いただけますかね?

それからどうなるかというと、石灰化した腺ガンや反応性気道疾患を発症します。なにかしようと思っても、溺れたように呼吸が苦しくなってしまうのです。

アメリカ軍は、我々兵士がそうなるだろうということをずっとわかっていたのです。ずっとずっとわかっていたのです。そして、その通りにみんな病気になりました。皮膚には発疹が出ました。こうなったのは、ウランのせいです。ちなみにウランには、半減期というものがあります。

呼吸によって体内に取り込んだウランの57%は、不溶解性です。そして、私の肺の中には、この重たい重金属の放射性微粒子が鎮座ましましていて、細胞を損傷し続けてくれているというわけです。

肺のなかに、石炭や泥や麦粒とかなんでもいいのですが、なにか異物を吸い込んでしまったと考えてみてください。いいことではないですよね。

しかし、我々はすでに吸い込んでしまったので、その放射性物質が肺の中で、ベータ線だけで1時間あたり300ミリレム(26,280ミリシーベルト/年)の放射線を放っているというわけです。

アルファ線について測ってみると、1,200ミリレム(105,120ミリシーベルト/年)から15,000ミリレム(1,314,000ミリシーベルト/年)です。

ですから、あらゆる損傷を与えるのです。肺を永久に損傷し続けるのです。

1943年の覚書によれば、数時間または数日中に健康被害が出始め、永久的な健康障害は数週間以内に出るであろうとのことでした。そしてその通りになりました。私や他の全員に、その通りの健康被害が出たのです。

さて、ウランの57%が不溶解性と述べましたが、43%は溶解性です。重金属で放射性で有毒なウランの43%は、溶解します。ですから、血液やリンパの流れにのって体のあちこちに行ったり、免疫系統を撹乱します。

ウランは、歯に入って、歯の中のカルシウムに置き換わります。それで、今、我々に、何が起こっているかと申しますとね、私も、最近、そうなったのですが、歯が欠けてしまうのです。パンかなにかを食べようとしているときに、歯がポロッと欠けてしまうのです。このような話は、もう全国各地から聞こえて参ります。歯の中のカルシウムが欠乏しているので、歯が割れてしまうのです。

ウランは、歯だけではなく骨の中にも入ります。ウランはカルシウムのあるところに行って、骨の中のカルシウムに置き換わります。そのため、骨質減少や骨粗鬆症になるのです。当然の話です。

また、ウランは腎臓にも入ります。腎臓に入ったウランは、畑に蒔いた種と例えると良いかもしれません。腎臓結石のようなものです。

ウランは非常に柔らかいです。ウランは固くないのです。とても柔らかいのです。そして、腎臓にはカルシウムやシュウ酸塩やいろいろなものがやってくるので、ウランと結合して腎臓結石ができます。

さて、体内に放射性物質が入って細胞に損傷を与えていたり、重金属が入って細胞に損傷を与えていると、その放射性物質や重金属の周りに瘢痕組織が形成されます。でも、腎臓から、ウランの周りの瘢痕組織を取り出すことはできません。

手術しないで腎臓結石を治療すればいいのじゃないか、と仰るかもしれません。たとえば、衝撃波を当てて結石を砕くという腎臓結石破砕術をすればいじゃないかとね。

できません。ウランが入った結石はとても柔らかいのです。だから、砕くことができないのです。そのため、腎臓にできた結石は大きくなり続けます。

私の医者は、なんて言ったんだったかな?医者が、私の腎臓には、いくつの石があるよって言ったのですが、いくつだかわからなくなってしまいました。とにかく数十の単位で腎臓結石があります。増えていくので、いつのころからか幾つの石があるのかわからなくなりました。

腎臓に結石ができているのですが、手術以外の方法で結石を除去する方法が見つからない限り、結石を取り除くことはできません。腎臓の下のほうにウランの石ができていて、慢性的な痛みに襲われます。

私は、戦争に行きました。弾頭を発射しました。治療を受けられませんでした。なんで体がおかしいのか、なぜ医者が診てくれないのか教えてもらえませんでした。そして、ものすごい痛みに襲われていて自分でズポンも履けないという生活になりました。ついてないです。

この私のようになるとしても、皆様は戦争に行きたいと思われますか。若者を戦場に送りたいと思われますか。

[訳注: 付録2と3をご参照のこと。]

さて、いろいろな症状に襲われるようになった挙げ句に、ガンになります。

私の部隊の1人は、湾岸戦争中に、放射能汚染に最も近いところのテントのベッドで寝起きしておりました。その方は、咽頭がんと喉頭ガンにかかりました。喉の後ろのところにガンができたのです。現場に入って8ヶ月以内のことでした。もう亡くなりました。

みんな亡くなりました。仲間が亡くなりました。次々に亡くなったのです。私は、亡くなった仲間を数えることしかできません。あいつもこいつも亡くなってしまったとね。

アメリカ国内で除染や兵器の修理の責任者だったキーファーさんという人も亡くなりました。その人のお父様も、リンパ腫で既に亡くなっております。そのお父様は、民間人なのにわざわざ戦場に行って除染活動をされていたのです。

息子さんのキーファーさんは、アイダホ州で働いておりました。劣化ウランは、高強度で高密度なので、戦車の装甲材にも使われます。キーファーさんは、破壊された戦車の劣化ウランの装甲を除染したり修理する責任者でした。そして、ガンで亡くなりました。

キーファーさん親子は、共に悪性腫瘍で亡くなったのです。

民間人が戦場に行って除染活動に携わることなどない、と言われていますね。おかしな話です。私は、キーファーさんのお父様が現地で除染活動をなさっている写真を持っていますよ。

もしかしたら、それは、私の想像や妄想だと言われるのかもしれませんね。でも、そうやって真実が隠蔽され続けて行くのです。

湾岸戦争は楽な戦いでしたか、と聞かれることがございます。ハハハ!楽なはずがないでしょう?有害物質のゴミ捨て場だったんですよ!そして、今でも有害物質のゴミ捨て場のままです。なにも変わっておりません。ゴミ捨て場のままです。

アメリカがサダムフセインに売りつけた化学兵器や生物兵器で、我々は攻撃を受けました。また、サダムフセインが自国で製造した兵器でも、我々は攻撃を受けました。そして、アメリカが売った兵器をもとにサダムフセインが自国で兵器を大量に製造したから、アメリカは、考慮のうえで戦争に行き、サダムフセインの兵器の格納場所を破壊しました。そして、その結果、それらの破片が我々に跳ね返ってきました。

我々は、戦争に行ってすぐに破壊活動を始めました。我々が知っている限りでも100カ所以上を吹き飛ばしましたが、もっとも有名な兵器格納庫は、カマシアーと言うところだと思います。

カマシアーの格納庫にはサリンやシクロサリンがあったので、遠くから吹っ飛ばしました。私は、322キロ先からその格納庫を吹き飛ばしたのです。そうしたら、今は国防長官になっていますが、当時は国防副長官だったバーナード ロスカーさんから手紙が来ました。

「おい、おまえ、サリンやシクロサリンにやられただろ。退役軍人省に行って治療を受けろ」と書かれてありました。サリンになんてやられていないさ、俺は322キロも離れていたんぜ、と思っておりました。

でも、322キロの距離を拡散するのです。105カ所の格納庫を吹き飛ばしましたが、その各々の格納庫について半径322キロの距離を有毒物質は拡散したのです。

[訳注: ロック博士は、ロスカー氏が以前は国防副長官であり、シアトル講演当時は国防長官であると述べていますが、これは間違っていると思います。

ロック博士が戦場にいた1991年の国防副長官は、アットウッド氏。
シアトル講演が行われた2002年の国防長官は、ラムズフェルド氏。

ロック博士が仰るバーナード ロスカー氏というのは、おそらく以下の人物です。

Bernard D. Rostker
この方は、1998年から2000年まで、クリントン政権下で陸軍次官でしたが、1991年および2002年の時点においては、政府系シンクタンクの管理職についています。

アメリカの国防長官アメリカの国防副長官
]


それから、スコット リッターさんの部隊がやってきて、もっと多くの格納庫を吹き飛ばしました。スコットさんは沢山吹っ飛ばしましたよ。

それでどうなったでしょうか。アメリカ軍、環境、イラク人、クウェート人、サウジアラビア人がどうなったでしょうか。

今日お越しの皆様初め多くの方々は、なんで健康被害が出るのだろうと不思議に思われていたかもしれません。

今日の会場となった教会のロビーや祭壇には、写真が展示されております。写真には、子どもが病気になって死んでいく様子が切り取られています。

なぜ健康被害が出て子供達が死んで行くのか、もうおわかりでしょう?健康被害が出るのは当然の結果なのです。

では、健康被害が出ている場所はどこでしょうか。そして、誰が責めを負うべきでしょうか。

あらゆる場所に健康被害が出ています。そして、我々アメリカ軍は、考慮のうえで劣化ウラン弾を使用することに決め、健康被害が出た者に治療を行うことを拒否し、きれいな環境に戻すことを拒否したことについて批難を受けねばなりません。アメリカ軍は問題を起こしたのですから、対処しなければなりません。

では、実際にどうしたしょうか。これらの問題を見たときに、どのように対処したでしょうか。

我々は、あらゆる指示を出しました。立て続けに指示を出しました。「治療を施すように。環境を除染するように。」止まらず指示を出しました。でも、被爆が止まることはありませんでした。なぜなら、治療は施されませんでしたし、環境も決して除染されなかったからです。

皆様、今、アメリカはまた戦争に行こうとしていますが、私はそのことで非常にやりきれない思いをしています。今日お越しの皆様のなかには、退役軍人の方々もおられます。今日、このような形でお目にかかれましたことを大変光栄に存じます。皆様もご存知のように、アメリカの兵士は、我々の自由を守るために戦ってくれました。戦争とは、自由を守るために戦うことです。

しかし、その一方で、我々が戦争に行くときには、兵器を使用します。我々は、兵器の使用について、その責任と結果について検証すべきだと思います。

湾岸戦争の犠牲者数は、我々が1991年に復員したときの時点では、760人でした。復員というのは、兵士を自国に戻すことです。私について申せば、私は家に戻り、イリノイ大学の物理学部の研究所に戻りました。それぞれの兵士が配管工や農場主や消防士や警察官として、元の持ち場に戻ったのです。

皆様、現時点において、第1次湾岸戦争の被害者として数えられた人数というのは、基本的に、1990年8月から1991年の秋にかけての1年間における被害者であり、戦闘や除染活動に従事した人たちです。

そして、退役軍人省の退役軍人給付管理局から障害者手当てを受けている人数は、463人から159,238人に激増いたしました。戦闘により受けた怪我や疾病に関して手当てを受ける人が増えたのです。

私は、この数字には含まれておりません。私への手当ては、この数字が公式に発表されてから出されることになったからです。

そして、死亡者数は8,000人になりました。すなわち、死亡者数は294人から8,000人となったのです。また、戦闘による傷病者は463人から159,000人強となりました。

皆様、湾岸戦争は、歴史上、もっとも同士討ちの多かった戦争でございます。そして、劣化ウラン弾がその主な原因の1つです。このようなことを申し上げるのは、陸軍士官で除染活動責任者だった私にはとても辛いことでございます。

さて、我々は、軍隊をイラクに派遣し続けました。皆様、アメリカ軍は、いまだにイラクに出兵しています。そして、再度、出兵しようとしています。あの有毒なゴミ捨て場に兵士を送り込もうとしているのです。

1991年以来、アメリカは、湾岸地域に軍隊を送ってきました。イラク、サウジアラビア、クウェートに派兵してきました。皆様、長きに渡ったペルシャ湾での湾岸戦争の犠牲者の数は、何人になったと思われますか。

アメリカ合衆国退役軍人省から、湾岸戦争に従軍したことで障害者手当ての給付を認められた復員兵は、25万人を超えています。湾岸戦争に行った兵士の3分の1が今は障害者となりました。これまでお話した有毒なゴミ捨て場と劣化ウラン弾の影響のせいです。

われわれは、兵士がどのような状態にいたら、医療を受ける必要があるかを知っておりました。

兵士が車両に乗っていて攻撃を受けた場合または攻撃を受けた車両の近くにいた場合、その兵士には治療が必要です。

兵士が燃焼したウラン弾の近くにいて残留物や煙に接した場合、その兵士には治療が必要です。

先ほど、私の友人がアイダホ州で戦車の装甲の除染や修理をしていて病気になったと申しました。

その私の友人のように、兵士が武器兵器の除染や補修などを行っていた場合、その兵士には治療が必要です。

このような指令は、1993年6月8日に出されました。また、1993年8月に、エリク シンセキ大将から再度出されました。

皆様、シンセキ大将というのは、我が国の誇り高い若者を向こう数週間以内に戦争に送ろうとしている陸軍大将です。そんな人が、治療を提供しろ、教育訓練を施せ、環境をきれいにしろなどという指令を出しているのです。

しかし、そのような指令が出されても、遂行されてはきませんでした。

1993年10月、アメリカ軍は、ソマリアでウラン弾を使おうとしておりました。皆様、ソマリアというのは、アフリカにあります。1993年10月、米軍がアフリカのソマリアでウラン兵器を使おうとした時、我々はそれを止めさせました。米軍は、医療を受けるべき正確な被ばく基準を特定しましたが、実際に医療は施されていません。。

湾岸戦争の調査官として私が数えたところでは、120人ちょっとが、正確には123人ですが、味方からの誤射を受けてしまいましたが生き残りました。そして、戦後の除染活動などに従事した者が全員で250人おり、被爆いたしました。
[訳注: この味方の誤射を受けても生き残った元兵士達は、体内にウラン弾の破片を抱えているため、後の退役軍人省医療局による観察の主な対象になったと思われます。付録3をご参照のこと。]

メリーランド州ボルチモアのアメリカ合衆国退役軍人省は、つい最近まで、たった33人にしか治療を提供しませんでした。33人というのは、同士討ちで生き残った被害者の4分の1にもなりません。最近、私が数えたところでは、やっと60人に治療が認められるようになりました。

私も治療を申請していた者の1人ですが、退役軍人省の医師は、私が何度も電話をかけたのに、1999年から1度も電話に出てくれませんし、折り返し電話もくれません。電話をくれないんです。私や私の部下が病気になっているというのに、医者が電話をくれないんです。

1週間ちょっと前、私は、アラバマにいるデイブさんという友達に電話をしました。「おい、デイブ、おまえ、医者に診てもらったか?」

そうしたら、友達は言いました。「いや、俺のことは、まだ診てくれないんだ。」

デイブさんというのは、戦闘や除染などあらゆる活動に関してナンバー2だった男です。それでも、いまだに治療を受けられません。彼は、とても重い病気なのですが、治療を受けられずにおります。

指令は何度も何度も出されました。しかしながら、指令が遂行されることは一度たりともなく、指令を遂行する意思もまったくありませんでした。皆様、なぜだかおわかりになりますか。

1991年のロスアラモスの覚書に書かれていた指令の通り、なにか知見を得たとしてもそれについては嘘をつかねばならないからです。嘘をつくことで、本来なら使用してはいけない武器兵器を使用できるようにするためです。なぜなら、使用してはいけない武器兵器というのは、非常に効果的なものだからです。

健康被害なんて問題ではないのです。除染とか後片付けとか、兵器を使用した後に何をしなければならないかなんて問題ではないのです。そうやってことは進められていくのです。

1992年、アメリカ合衆国上院は、アメリカ合衆国陸軍と某研究機関に対して、以下の指示を出しました。読み上げます。

「戦場における劣化ウランの健康および環境への影響を調査すること。
開発可能な浄化技術について調査すること。
また、劣化ウランの毒性を減じる可能性がある方法を調査すること。

これらの調査を行う際、アメリカ軍は、劣化ウランが現代の戦場においてアメリカ兵に有利に働く武器兵器として認識していることに留意されたい。

それゆえ、劣化ウランの使用および他の材料の使用について詳細な比較が行われた結果、劣化ウランは、他の物質より優位であるとの結論にいたったことを認識することが重要である。」

とどのつまり、そういうことなのです。

[訳注: ロック博士の発音がはっきり聞き取れないので、どこの研究機関に指示が出されたのかわかりません。もしかしたらロンポールインスティチュート( Ron Paul Institute )かとも思うのですが自信がありません。仕方がないので、訳文には「某研究機関」としておきました。]

私は、劣化ウラン弾がイラク人やアメリカ軍に与えた影響を評価いたしましたが、その影響力や、もう素晴らしいものでございます。

戦争に行く目的は、殺人です。そのために、最高の武器兵器を使います。

皆様、私は、私たち皆が二度と戦争に行かないで済むことを祈っております。しかし、もし戦争に行かねばならない場合、皆様に強く勧告したいことがございます。

それは、使用する兵器がもたらす結果について、兵士を初めすべての人々が認識し対処しなければならない、ということでございます。

一般庶民は、計画的にそして故意に、放射性物質を掴んで他人の家の庭先に放り投げることはできません。

アメリカ政府は、計画的にそして故意に、自国の英雄である兵士に対して治療を施すことを拒否しております。

国家間の協定では、計画的にそして故意に、敵兵への治療を拒否することを禁じております。もし、私が敵を撃っても敵がまだ生きていた場合、私はジュネーブ条約の規定にしたがって、敵に治療を提供しなければなりません。

私たちは、倫理とか道徳というものを忘れてしまっているのでしょう。そして、倫理観や道徳観の喪失ぶりに、私は驚きっぱなしでございます。

さて、医療に関する指令が出され、我々は、やっと医療を受けられそうになりました。

1993年、治療が行き渡るようにと我々が働きかけていたときのこと、アメリカ陸軍医療局が指令を出しました。その指令には、意図的にこのように書かれてありました。

「同士討ちによりアメリカ兵の腕や体内に入ったウランの破片は、その健康への影響を観るために、そのまま放置しておくべきである。」
[訳注: 付録3をご参照のこと。]

先ほど、ロスアラモス研究所の科学者だった方が、息子さんにガイガーカウンターを当ててみて、息子さんから放射線が出ていると驚かれた、というお話をしました。ジェリー ウィードさんのお父様です。その方は、「うちの息子に入った破片を取り除いてくれなかったんだ」と仰ったのでした。

アメリカ軍は、兵士の体内の破片をそのままにしておくようにとの指令を出したので、ジェリー ウィードさんは、体の中の破片を取り出してもらえませんでした。そして、ガンになりました。

我々がワシントンDCにいたとき、その指令を書いた人間は、ウィードさんの隣に座って証言しておりました。そして、このように言いました。「やあ、悪いな、ジェリー。まあ、ウランのせいでガンになったわけじゃいだろ。」

このようなことは、人間性への犯罪です。そして、犯罪がなくなることはありません。決してなくならないのです。

医学的な指令は出されました。除染作業については、私がまとめました。私は、アメリカ軍に、我々がどうすれば除染できるであろうとか、なにができるであろうかということを伝えたのです。

しかし、一度、除染活動を始めてみましたら、破壊された戦車からいろいろと取り除かねばならないということがわかりました。

戦車には、不発だった弾薬や兵器が搭載されておりますし、ほかにも何やかや積まれてありますから、戦車それ自体が爆弾のようなものです。それで、戦車を移動したり、揺らしたり、何かにぶつけたりすると、戦車は爆発してしまいます。ですから、戦車から弾薬や兵器を取り除かねばならないのです。

1991年8月に、戦車が爆発して、私の元部下の3人が ドーX というところで亡くなりました。[ドーXの箇所は、聞き取れません。] 壊れた戦車を除染しようとしていたところ、不安定だった弾薬が爆発してしまい、この3人はこっぱみじんになってしまったのです。

[訳注: ロック博士の演説において、部下が爆死された場所の国名が言われていないうえに、同博士の発音が不明瞭で聞き取れないため、この爆発事故の場所が「イラクのドーホク」か「クウェートのドーハ」か、はたまた別の場所のことなのかわかりません。

そう申しておいて、高い可能性として考えられるのは、「クウェートのドーハ」です。

アメリカ軍が駐留していたドーハでは、1991年7月11日に車両置き場で1台の戦車から出火しました。その後、この戦車が爆発したことから、火災が広がるとともに車両爆発が相次ぎました。死者は出なかったものの、アメリカ兵49名が負傷しました。うち2名は重傷でした。軽傷を負ったイギリス兵もいたそうです。

また、この火災事故により、大量の不発弾がばらまかれることになりました。火災事故から12日後の7月23日、不発弾の処理に当たっていた3人が、不発弾が爆発したために即死したということです。

アメリカ軍の公式サイトには、ドーハの火災事故および事故処理による死傷者について、上述した以外の記載はありません。また、ドーハ以外の場所における除染作業に伴う事故に関する記事を見つけることができません。

それゆえ、「博士の元部下3名は、1991年7月23日、ドーハ車両置き場の火災事故処理に従事中、不発弾の爆発により死亡した」という可能性が考えられます。ロック博士は、「1991年8月に、私の元部下3名が除染作業中に爆死した」と言われています。しかしながら、もしかすると、「8月」ではなく、「7月下旬」に、爆死されたのではないか、と推測できると思います。

以下、参照サイト。

JIM-NETニュースさんより
クウェートで使用された劣化ウラン

Japnaese. China. Org. 2012年3月31日
米軍の海外軍用車両置き場 規模はサッカーコート100個以上

Camp Doha

Gulf Link

Envioronmental Exposure Report
Depleted Uranium in Gulf
TAB G - DU Exposure in the Gulf War

TAB I - The Camp Doha Explosion/Fires (July 1991)

訳者も含めて多くの読者にとって、何処でロック博士の部下が亡くなろうが「他人事」で、何処で劣化ウランの火災が起きようが「対岸の火事」だろうと思います。しかし、この遠くの国で起きた事故を少しでも身近に捉えて頂けたらと思い、以下記事をご紹介いたします。
コメント欄に思考様がご紹介くださった記事と合わせてお読み頂ければ幸いに存じます。

JCAST ニュース 2011年7月4日 千葉の劣化ウラン管理倉庫 震災コンビナート火災で「危機一発」

とある原発の溶融貫通さんより
「なぜ、化学工場に劣化ウランがあるのか」(リンク切れ)

真実を探すブログさんより
日本各地に77,000本も保管されている劣化ウラン

劣化ウランは、爆弾にだけではなく、戦車の装甲やヘリコプターの部品などにも使用されています。

しんぶん赤旗 2006年11月7日
沖縄の米軍ヘリ部品に劣化ウラン

沖縄タイムス 2013年8月7日
墜落ヘリ同機種に放射性物質
]


私の部隊の人間で、他にも除染活動中に事故にあった者がおります。1人はトラックを除染していて亡くなり、もう1人は生き残りました。なぜ生き残れたかというと、爆発が起きた瞬間に、身をかわして机の下に隠れることができたからです。

もうとんでもないほど混沌とした状態ですから、どのように言い表せばよいのかわかりません。

アメリカ陸軍省のシュワルツチコフ大将とディージーズー氏は、湾岸戦争のときに、私に散らばった劣化ウラン弾を掃除しろと命じました。

アメリカ陸軍は、1994年に私を再度召還して劣化ウランプロジェクトダイレクターに任命しました。そして、劣化ウランを使用するさいに、陸海軍の兵士の安全を確保するための教育訓練をまとめるようにと命じました。

また、アメリカ陸軍は、私に、環境の除染方法を開発するように命じました。

それゆえ、私は、部下と共にその任務を遂行しました。そして、除染のためには、壊れた戦車やトラックを移動したうえで、環境を安全にするために、その車両があった場所から半径400メートルの範囲の土壌を15センチちょっと削る必要がある、という結論に至りました。

このように一定の除染方法を見つけたとは申せ、私は、湾岸戦争の戦場を思い浮かべると気が遠くなります。戦場の壊れた戦車から弾薬や兵器を取り除き、その戦車を除染してから、戦車全体にカバーをかけて移動しなければなりません。そして、その戦車があった場所とその周囲の土壌を広範囲にわたって削り取らねばなりません。戦車1台を除染するだけでも、大きな危険性がありますし、途方もない労力が必要です。

1991年の2月26日から27日にかけての夜間、アメリカ軍は、撤退するイラク軍を攻撃しました。そのため、道路には破壊された戦車やトラックが絶え間なく並びました。このありさまは、「死のハイウェイ」と例えられました。この「死のハイウェイ」というのも、有害なゴミ捨て場ですね。劣化ウランのゴミ捨て場ですね。除染ができるでしょうか。

[訳注:死のハイウェイに関するウィキペディアの記事と写真。

死のハイウェイ
Images for highway of death
]


シアトルポストインテリジェンサー誌のラリー ジョンソンさんが、戦争でどれほど汚染されたのかという記事をお書きになりました。我々は、ジョンソンさんの記事執筆に際し協力致しました。

ジョンソンさんたちシアトルポストインテリジェンサーの取材陣は、現場に入り、実際に放射線を計測しました。そして、許容水準の1000倍の放射線を計測したとのことでした。

この計測値は、アメリカ軍が計測したものではありません。ここシアトルの地元紙と下院議員による計測結果です。当然の結果ですね。だって、すごい汚染地域なのですから。

[訳注: ジョンソン氏の記事はこちら。
Seattle Post-Intellligencer
Use of depleted uranium weapons lingers as health concern
War's unintended effects
By Larry Johnson, Seattle Post-Intelligencer Foreign editor
Published 10:00pm, Sunday, August 3, 2003
]


皆様、戦争に行くのは、殺しに行くことです。行きたくて行く人は少ないでしょうが、戦争に行くのであれば、我々は、戦争で使用する兵器が、健康や環境にどのような影響を及ぼすかを肝に銘じておかなければなりません。

アメリカ陸軍は、私に、環境をきれいにしろと命じました。そのせいで、私自身も健康障害に悩んでいますし、私が一緒に働いてほしいと頼んだ人たちも病気になって亡くなってしまいました。

我が国の誇り高い若者達は、医療を受けられないまま病気で死んで行きます。その死亡者数たるや、湾岸戦争に従軍した全員のうち、実に25万人以上です。

それでも、もう一度、私たちは、戦争に行くのですか。もう一度、若者を戦場に送るのですか。

もし、戦争に行くのであれば、ガスマスクをすればいいじゃないかと仰るかもしれませんね。

さて、ガスマスクは、戦場で我々を保護してくれると言われています。でも、実際は効果がありません。アメリカ合衆国会計検査院は、マスクが役に立たないことを確かめておりますし、陸軍もそのことを承知しています。

マスクをしていても、頭を動かしますと、顎の下のシールが破けてしまうのです。それで、シールが破けたマスクをして現場に入ることになり、化学物質や細菌や放射性物質を吸い込んでしまいます。その結果として、病気になって死ぬことになります。

1年ちょっと前、去年の夏の6月のことですが、私は、国連のユネスコがギリシャのアテネで開催した「子どもと家族の会議」に招待されました。戦争が子どもに及ぼす影響について討論する会議です。

世界の国々でアメリカとイギリスの2国だけは、その会議への参加を拒否しました。

皆様、こういうのを「傲慢」というのです。会議のテーマは、戦争の子どもへの影響でしたが、アメリカとイギリスは参加を拒否したのです。

今日、私達は、この問題を考えるのに最もふさわしい場所におります。

2000年前、キリストが誕生しました。イザヤ書には、キリストがもたらす平和の情景が描かれています。「猿は小羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さな子どもがそれらを導く。」

私の夢と願いは、世界の人々に平和が訪れることです。そして、イザヤ書は、「小さな子どもこそ平和への導き手」と言っております。

でも、戦争のせいで子ども達が死に絶えてしまったら、どうしたらいいのでしょう。

大人達が破壊兵器を使用して健康や環境への影響が出たというのに、その問題に対処しなかったとしたら、子ども達は生まれてくるでしょうか。

平和へと導いてくれる子ども達は、一体、何処にいるというのでしょう。

ご清聴ありがとうございました。

(講演終了)


訳者後書きと付録

半年以上もまえのこと、たまたま見つけたこの動画を見始めたら、話の内容に驚き呆れて、頭がくらくらとしてしまった。めまぐるしく展開する恐ろしい話に、頭が殴られっぱなしのような感じだった。おかげで話の半分も飲み込めなかった。それでも、ロック博士の勢いに押されて最後まで聞いてしまった。

細かいところがわかりたいものだと思いながら、折りにふれてこの講演の書き出しを探してみたが、見つからなかった。しかし、書き出しを探しているときに、ロック博士についての記事をいろいろと目にすることになった。

今回、ロック博士の発語に忠実に訳そうとしながら、まずは骨組みだけの草稿ができた。骨組みというか叩き台である。そして、その叩き台を読んでみて、訳した本人が「なんだかわかんないなあ」、と思ってしまった。どうにもぼやけた印象だったからだ。

なぜかと考えてみた。

ロック博士は、聞き手を圧倒する内容を熱心にお話になられるのだが、反面、話があちこちに飛んでしまった嫌いがある。そのため、ロック博士がいつどこで何をされたのかということがわからなかったのだ、と思った。

つまり、知識のない訳者には、ロック博士の貴重な経験談がいつのことで、どこを舞台にしているのか、明確に把握できなかったのである。話の区切りというか、境界線が曖昧に感じられたのである。したがって、文脈の流れもわからなかった。ロック博士の話の進め方の意図が掴めなかったからだ。

それで、このシアトル講演の翻訳の叩き台を、ロック博士に関する他の記事(博士自身による記事、博士のインタビュー記事、博士の他の講演の書き出し、湾岸戦争に関する記事など)とに突き合わせてみた。その上で、簡単な年表を作って、翻訳の叩き台を見直した。そして、ロック博士のお話の舞台が何時何処のことかわかるようにするために、できるかぎり場所や時期を訳文に盛り込んだ。

また、ロック博士のお話しになるご様子やその意図を推測しながら、言葉や情報を書き添えた。意訳した箇所もある。話の流れがつかみやすくなるように、あえて文章を追加したところもある。それでも、読みやすいものとなったのかと問われれば、「最善は尽くしましたが、やはり翻訳は翻訳ですから、読みづらいと思います」とお答えするしかない。

上述した追加や意訳は、翻訳作業に際して突き合わせた他の記事に基づいて行った。これらの追加や意訳によりロック博士のお話の意味や意図を違えるものではない、と訳者は信じている。もちろん、解釈の間違いや誤訳などがあれば、ご指摘頂きたいと願っている。

今回、ロック博士のお言葉をどのような日本語に「書き換える」べきかで、かなり悩んだ。どのような文体で訳せば適切なのか、正直、今もってわからない。でも、とにかく日本語として読むに耐えるものとなるように試みたつもりである。

また、ロック博士の雰囲気を拙訳でお伝えできないのは、訳者の未熟さと力量のなさのせいである。そのことはひらにご容赦のうえ、ぜひ動画をご覧になって頂きたいと思う。

さて、上述のように、さまざまな記事にざっと目を通した。そして、このシアトル講演では話されていないが、この講演に直接関連することで興味深い内容のものがあった。

以下、それらの興味深い箇所を抜粋して翻訳し、付録として添付しておく。いずれも、ロック博士が2003年4月21日にカリフォルニア州ロスアルトスで講演されたときの書き出しの抜粋訳である。

ご参考になれば、光栄に存じます。

2013年8月 訳者


(付録)

Learn About Depleted Uranium From The former Army’s Expert on Depleted Uranium (DU):
Nuclear Holocaust and The Politics of Radiation
Dr. Doug Rokke Speaking in Los Altos on April 21, 2003

より、抜粋訳(付録1-3)

付録1 劣化ウラン弾について

アメリカ軍は、劣化ウラン弾を使うと決めたのです。それで、われわれは、もうなんでもかんでも発射することになりました。

劣化ウラン弾は、おそらく、戦場で使われる兵器のなかで最も効果の高い兵器です。劣化ウラン弾は、銀色の弾丸です。劣化ウラン弾が通るところのものは、すべて殺され、破壊されます。劣化ウランは、 非 常 に 効果的なのです。

皆様にご理解頂きたいのは、劣化ウラン弾というのは、メディアが伝えるイメージとは対照的に、コーティングも先鋭化もされてはいないということです。そして、ウランの固体だということです。

M1戦車の弾丸は、10ポンド強(4,500グラム強)であり、プルトニウム、ネプツニウム、アメリシウムに汚染されたウラン238です。

このウランをプラスチック製の送弾筒に入れます。送弾筒は、弾頭の直径の大きさのもので、19ミリから120ミリです。ウラン弾が砲腔から離れた瞬間、このプラスチック製の送弾筒が落ちます。あとに残るのは、巨大なウランのダーツです。ダーツで遊んだことがあるでしょう?このウランのダーツは、非常に高速で飛び、なんでもかんでも破壊するのです。


付録2 ロック博士の身体検査について

1994年、私が劣化ウランプロジェクトのダイレクターだったとき、アメリカエネルギー省は、私に放射線生物検体をしました。アメリカ陸軍も退役軍人省もその検査をすることを拒否したというのに、エネルギー省は検査をしてくれました。そして、そのことをわざわざ陸軍に伝えはしませんでした。まあ、エネルギー省は、私がその管轄内のネバダ州マーキューリーにあるネバダ核実験場で働いていたから検査してくれたのです。

1995年1月26日に、エネルギー省は、その検査結果を検査機関から受け取りました。検査結果によると、私の尿からは、1リットル当たり432マイクログラムのウランが排出されておりました。

人間は1日に約3リットルの尿を排出しますから、私の場合、1日に1,300マイクログラムを超えるウランを尿から排出していたというわけです。でも、エネルギー省は、その検査結果を2年半も私に教えてくれませんでした。

私の身体検査を行ったエネルギー省が知っていたにもかかわらず、私に教えてくれなかったことが、もう一つあります。

私の呼吸器官には、石灰化した肉芽腫があったのです。この肉芽腫というのは、被爆による瘢痕組織です。さきほど、モレ氏が、「肺の細胞に入った放射性粒子」という写真を見せてくれましたね。
Hot Particle in Lung Tissue

付録3 アメリカ国防省が退役軍人省へ出した退役軍人の医療に関する指令について

1993年、国防総省がある指令を退役軍人省に送りました。その指令を読みますと、メンゲレがキャプテンカンガルーのように思えてきますよ。世界史をご存じない方がいらっしゃるでしょうから、メンゲレが誰かというと、ナチスの死の収容所の医者だった人です。
[訳注: キャプテンカンガルーというのは、アメリカの子ども番組の主人公。子供達を暖かく見守るおじいちゃん、というキャラクター設定。]

1993年3月、国防総省は、退役軍人省の医師に、湾岸戦争に従軍した兵士の体内における劣化ウランの破片や内部被爆は、そのままにしておくようにとの指令を出したのです。

皆様、以下、その指令の目的を読み上げます。

「体内のウラン破片について、その放射性重金属の毒性、ならびに、その放射線が引き起こすガンおよび細胞の壊疽のリスクを下記により定量化すること。

1、インビボ検査およびインビトロ検査により、兵士の体内のウランレベルを測定すること。

2、体内のウランレベルを被ばくによるガン発症リスクに換算するパラメーターおよびモデルを構築すること。

3、ウラン破片に対する身体反応についての臨床経過を、他の物質に対する身体反応についての臨床経過と比較し、臨床的に顕著な差異があるかどうかを見定めるとともに、差異が存在する場合、その差異が劣化ウランの化学的作用によるものなのか、または、劣化ウランの放射性によるものなのかを見定めること。

4、高レベルのウランに長期的かつ慢性的に被爆することにより引き起こされる慢性腎毒性のリスクを定めること。」

これまでの人類の歴史において、放射性物質や毒性物質をアメリカ兵の体内に計画的に置いておくということが行われてきましたが、そのような人体実験は、神と人間性に対する犯罪として、これからも続いていくのです。

[紙を掲げて] ここにそう書いてあるんです。

この指令には、1日の総尿量から少なくとも14マイクログラムを排出するものを対象とする、と率直に記されています。

覚えておいででしょうか。人間は、1日にだいたい3リットルの尿を排出します。それぐらいの尿を出すのです。

それで、もし、1日に14マイクログラムのウランを尿から排出する場合、1年に1回、検査を受けねばなりません。

どのような検査かというと、尿検査、便の検査、組織分析、ホールボディカウンター検査、部分的カウンター検査、骨格中ウラン検査、血中ウラン検査、血液検査、臨床評価、画像診断法です。

1日に15マイクログラム以上50マイクログラム未満のウランを尿から排出する場合、半年に1回、検査を受けねばなりません。

1日に50マイクログラム以上250マイクログラム未満のウランを尿から排出する場合、月に1回、検査を受けねばなりません。腎毒性を発症する可能性があるからです。

1日に250マイクログラム以上のウランを尿から排出する場合、週に1回、腎毒性に関する検査を受けねばなりません。

1995年に、私の尿から1日に1,300マイクログラムのウランが出ていると言う検査結果が出たというのに、エネルギー省は、その検査結果を私に2年半も教えてくれませんでした。劣化ウランプロジェクトのダイレクターである私に、検査結果を教えてくれなかったのです。

[訳注: 以下、参考資料。

核医学の基礎知識 核医学検査とは

青葉山軍事図書館より、劣化ウラン弾の話(その15)
(アメリカの研究論文の翻訳「湾岸戦争参加兵における劣化ウラン露曝と健康への影響」が掲載されています。)

上記論文(原文)
Depleted Uranium Exposure and Health Effects in Gulf War Veterans by K. Squibb and M. McDiamid

上記論文執筆者
Katherine S. Squibb
Melissa A. McDiamid
]



付録4 余計な(?)オマケ(訳者が自分のために作ったあんちょこ)

簡易年表
1943年 マンハッタンプロジェクトの指揮官グローヴス大佐に、物理学者であるコナント氏、コンプトン氏、ユーリー氏らが書簡を出し、環境への放射能汚染が人体に影響を及ぼすことを実証するように勧める。
1980年代 アメリカ、イラクに武器を供与
1990年8月2日 イラク軍、クウェートへの侵攻開始
1990年8月8日 イラク軍、クウェート併合
1990年8月 ブッシュ大統領、アメリカ軍部隊をサウジアラビアに展開
1990年8月以降のある時点 ロック博士、出征
1990年12月 ロック博士、戦場にて、ペンタゴンの上級物理学者から、劣化ウランを検討するようにとの書簡を受領
1991年1月17日 多国籍軍、イラクへの攻撃開始。「砂漠の嵐」作戦
1991年1月ー2月 イラク軍、焦土作戦としてクウェートの700の油井に放火
1991年1月29日-30日 イラク軍、サウジアラビア領のペルシャ湾にあるカフジ油田を奇襲攻撃
1991年2月24日 多国籍軍、空爆を停止。同時に「砂漠の剣」作戦を開始し、イラク領に侵攻。抗戦力を失っていたイラクは、油井に火を放って多国籍軍の視界を妨害。
1991年2月25日 イラク軍、サウジアラビアをスカッドミサイルで攻撃
1991年2月27日 イラク、クウェートを開放。ブッシュ大統領、停戦を発表。フセイン大統領、敗戦を認める。
1991年1月から2月のある時点 ロック博士、シュワルツコフ大将とディージーズー氏から、劣化ウランの除染を命じられる。
ロック博士、サウジアラビアで戦車の除染。72時間以内に、ロック博士および部隊全員が体調不良
1991年2月26日-27日 多国籍軍、撤退するイラク軍を空爆。「死のハイウェイ」が造られる
1991年3月1日 ロスアラモス覚書
1991年3月3日 イラク代表、暫定休戦協定を締結
1991年3月8日 国防原子力局覚書
1991年2月中旬または下旬から3ヶ月ほどの期間 ロック博士、除染活動に従事
1991年6月 ロック博士、復員。イリノイ大学物理学部に戻る。この時点ですでに皮膚の湿疹、呼吸器の異常、神経系の異常など、さまざまな被爆症状が出始める。
1991年8月 ロック博士の元部下3人、除染活動中に爆死
1992年 アメリカ上院、陸軍と某研究所へ指示書
1993年のある時点 国防総省、退役陸軍省に「兵士の体内の破片はそのままに」という指令
1993年6月 アメリカ陸軍医療局、退役陸軍の医療に関する指令を出す
1993年8月 シンセキ大将、退役軍人の医療に関する指令に署名
1994年-95年 ロック博士、劣化ウランプロジェクトダイレクターを拝命。ネバダの実験場で研究活動に従事。
1996年から2001年のある時点 ロック博士、内部告発をして国防省を解雇。大学も追われ、公立学校の臨時教員となる。
2002年11月8日 国連安保理決議。イラクに武装解除の「最後の機会」を与える。
2002年11月16日 シアトル講演
2003年3月17日 ブッシュ大統領、 イラクを先制攻撃。第2次湾岸戦争に突入


◆関連ブログ
アイリーン・ウェルサム(プルトニウムファイル著者)のインタビュー2012年10月29日
原子力その隠蔽された真実の著者 ステファニー・クックのインタビュー2013年07月01日
タグ:劣化ウラン
posted by いんちょう at 18:51| Comment(10) | 原子力
この記事へのコメント
思わず一気に読んでしまいました。
翻訳およびブログアップありがとうございます。

劣化ウラン弾をばら撒いた地域に沖縄の名前が出ていました。
遠いイラクやアメリカ軍人だけの話ではないのですね。

そして、人体へへの核被害を隠ぺいすること、自国民を核汚染の被害を調べるためのモルモットにすることなど、核の推進者のメンタリティが日本もアメリカも変わらないことが分かりました。
核は、放射線を出し、あらゆる生命に危害を与えると言うだけでなく、モラルの破壊も起こすということが、分かりました。
核は悪魔の贈り物なんですね。とてもよく解りました。
改めて、翻訳・ブログアップにお礼です。
Posted by ナイーヴ at 2013年08月15日 22:55
そういやナチスって国会議事堂放火事件を梃子に全権委任法を議会で通過させて独裁政権を樹立したんでしたよね。
…アメリカは3.11テロをきっかけに愛国者法を通した…って歴史、ナチスと同じじゃないですか。
おっと、実はナチスのヒトラーは人工の加工物を嫌い、できる限り自然農法にするように指示してましたから、今のアメリカの方が遥かに質が悪いんですね…
麻生もナチスを例に出さずに今のアメリカを例に出すべきでしたね(ブラックジョークです)

あと英語のサイトでアメリカが独立国というのは表向きで実は違う云々の話が載っているのがありました。
FRBが私営であることはよく知られていますが、アメリカの不動産売買は買って所有権を得たにも関わらず”貸与”という文字が契約書に書かれているとか…アメリカの不動産事情には詳しくなし、もちろん契約書も見たことがないので、どこまで本当かわかりませんが。

アメリカの3大TV局の最大株主が1つのラジオ局で、そこの役員・取締役がMI6(英国の情報部員)のOBで占められている話は別の本で読んだことがありますが…
巧妙に支配のネットワークが仕組まれているようです。

>劣化ウラン弾をばら撒いた地域に沖縄の名前が出ていました。

飯島一郎氏のサイトに関東から九州に逃げたら、九州の方が線量が高かったので、沖縄に逃げたら、沖縄の方が九州より高かったので、また九州に戻った人の話が載っていました。

そこで飯島一郎氏がウラン弾は拡散しないーなんてデマ書いてたので、このおっさんもなんかたまに思い込みでデタラメ書いてるなーと注意したことがありました。
Posted by Cipher at 2013年08月15日 23:46
https://twitter.com/TAKASHIMA724/status/368005420243107840
にいくつもコメントつけました。

関連記事の紹介もありますが
これの翻訳をなさった方にも読んで
必要箇所など直して戴ければ幸いです。
Posted by 千早 at 2013年08月16日 01:06
いつも貴重なお話を有難うございます。
3.11以降インフルエンザの流行マップに、フクシマ汚染では説明のできない分布が生じていることがいつも不思議でした。
具体的に上げれば沖縄と佐世保でした。今読んで合点がいきました。
日本人は一体どこに逃げればよいのでしょうか。子供たちをどこで育てればよいのでしょうか。
Posted by GOGO at 2013年08月16日 01:20
貴重な証言ですね。
ただ、米国の勝手な戦争で米兵よりもはるかに多くの犠牲を強いられたイラクの人々への言及がないのは米国軍人の冷徹さを感じます。
Posted by ハル at 2013年08月16日 09:21
三重県の熊野灘でとれたという「はたはた」の干物を食べたら舌がピリピリとしました。家族も同じでした。
ぴりぴりした原因が放射能と考えると、セシウムの動画を思い出しました。唾液とセシウムが反応してピリピリしたのかと想像できます。
干物は食べたらいけませんね。
Posted by 干物を食べるとしたがぴりぴり at 2013年08月16日 12:08
凄い内容でした。安倍内閣がアメリカのいいなりになっている腰抜けと思っていましたが、読後はこの様な悪魔には言いなりにならざるをえないではないかと思うくらいです…
日本の原発政策が余りに国民側を向いていないのも全てここに繋がるのでしたら納得です。

世界の99%の民が、気付いている人達だけでも力を合わせて1%の支配者に立ち向かうことは出来ないものでしょうか。
劣化ウラン弾を彼等に撃ち込まなくても、世界中で彼等の一般向け製品を不買するなどの血を流さないやり方で。

日本国内でさえ庶民同士が現実及びネット上で争ってバカみたいに分断していることを思えば難しいことは100も承知、そしてこれまでの1%支配層を弱らせてもまた新たな支配者が出てくるだけかも知れませんが、
このままでいいのでしょうか。
悔しいです。
Posted by クミン at 2013年08月16日 12:19
ブログ、いつも拝見しております。福島の小児甲状腺癌について情報をまとめましたので、もしよろしければご覧ください。

福島では悪性の疑いを含めて現在までに27名の小児甲状腺癌が報告されています。 通常100万人に1人という珍しい病気ですが、福島ではその100倍から400倍の率で発見されており、 まさに「異常多発状態」にあると言えます。

さらに、甲状腺がんは女子に多い病気ですが、福島では男子比率が異常に高いことが指摘されています。 こうした性比異常はベラルーシやウクライナでも報告されており、福島の甲状腺癌が被曝影響によって生まれた
可能性を示唆しています。以下の図をごご覧いただければ、幸いです。

○甲状腺がんの男女比比較(福島はベラルーシとともに男子比率が異常に高い)
https://twitter.com/ekb90377/status/357152451847143424/photo/1/large

○世界最悪のベラルーシと福島の癌のサイズはほぼ同じ
(H24年については平均1.8cmであり、ベラルーシよりも大きい)
https://twitter.com/ekb90377/status/359314664397623296/photo/1/large

○甲状腺癌は、癌サイズが1〜2cmを超えると再発率が劇的に高くなる
https://twitter.com/ekb90377/status/365480712784207872/photo/1/large

○福島、東日本でもベラルーシと同じく1年に2回の検診が必要である
https://twitter.com/ekb90377/status/365488190322257920/photo/1/large

ご覧いただき、ありがとうございます。
これ以外、小児甲状腺癌の情報について以下まとめサイトを用意しておりますので、是非ご活用ください。

https://twitter.com/ekb90377

Posted by garfunkel at 2013年08月16日 15:34
そもそも、減損ウラニウム弾も、A-10攻撃機も、冷戦時代に、当時の東西ドイツ国境を越えて進撃してくるワルシャワ条約機構軍の大戦車軍団に対抗するために開発された物なのですよね。
現実には起きませんでしたが、もし前世期末に第3次大戦が勃発していたら・・・欧州のウラニウム弾による汚染は恐るべきレベルのものになっていた事でしょう。いや、場合によっては、戦術核の投げ合いも行われた事でしょうし。そうなれば、欧州は人の住めない地帯と化していたかもしれませんね。
Posted by 新潟県民 at 2013年08月17日 10:26
院長先生、書き起こしをして頂いた訳者様、大変ありがとうございます。


個人的見解ですが、
子供達の将来を憂い、戦争反対の立場の様に見えますが、ロック氏の発言には矛盾(違和感)を感じます。
現在、反省(後悔)をしているなら、多大な被害を与えた「相手側」にも言及(謝罪)があるのではないかと・・

「イラクのどこに大量破壊兵器があるのかわかって行った」
「湾岸戦争は、人類にとって最も有害な戦争」
「戦争に勝つため劣化ウランを使用する、熟慮の上で決定」
「劣化ウラン弾と言うのは、衝撃を受けると素晴らしい兵器」
「至るところに劣化ウランを撒き散らした。沖縄でも韓国でも〜〜その後何もしていない」
「戦争とは自由を守る為に戦う事」
「戦争に行く目的は殺人。その為に最高の武器を使用」等々

「自国目線」でしかない様に思います。
米大統領が開戦の口実にする「テロとの戦い」同様に。
世界の警察(米国)を自認する、白人優位思想・・そう感じます。


米国ではイラクからの帰還兵が、健康被害他、PTSD・離婚・自殺・子育て不能(母親)に苦しんでいます。
参戦した多国籍軍も同様だと思いますが、お隣り韓国でも、後遺症があると聞きます。

http://webronza.asahi.com/bloggers/2013080600002.html

http://www.liveinpeace925.com/iraq_afgan/nhk_kokoronokizu.htm

日本も勿論ですが、米国民には膨大な軍事費が血税から流れている現実を認識、しっかりと考えて頂きたいと切に思います。

http://news.kyokasho.biz/archives/9925

http://peacephilosophy.blogspot.jp/2013/02/tomdispatch-true-costs-of-empire.html?m=0


以下、文中にありました沖縄でのウラン弾使用についてです。

http://www.chugoku-np.co.jp/abom/uran/okinawa/index2.html

http://homepage2.nifty.com/mekkie/peace/yuji/kiji_19.html

http://blog.goo.ne.jp/chuy/e/74bc92e35be12027b2f2e29908d720fe

http://sekaitabi.com/usbase.html

http://www.47news.jp/hondana/nuclear/article/article010.html

核持ち込みの「密約」は多くの県民の知るところですが、いつもながらの日本政府の米国隷属(=やりたい放題、させ放題)には、強い憤りを感じています。

沖縄以外も持ち込みがある様ですから、米軍演習場となっている地域は確認されてほしいと思います。
Posted by 思考 at 2013年08月17日 19:42
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