2013年12月30日

病理学者の矛盾 杉原芳夫医師の手記(5)

 被曝は、人間に影響を与えるのか。ABCCは与えないと「科学的」に証明していますし、現在ではそう「認められて」います。一方、野村大成先生が発言されたように、「人間だけが放射線に被ばくして、子どもに遺伝的影響が出ないなどあり得ない」と言う意見もあります。

 ところが、被爆者側に立っている医学者たちもまた、被曝によって遺伝性の影響は起こりえない。と発言しています。この質問を受けて、私は大変面食らいました。明らかに自らの主張と矛盾するからです。被曝をしても、一般の人と差異がないのならば、いろいろと手厚く保護する理由はありません。そう考えていましたが、過去4回の手記では全くまともなことを発言されいる杉原氏もまた、全くおなじ主張をしています。前半でABCCはおかしいと発言しながら、被爆者を区別する必要はないとさいごのさいごで発言しています。この文章を読んで、被爆者の健康被害の取り扱いがいかに難しいかを改めて認識してしまいました。
 一般人と健康に差異がなければ、なんの心配もありません。今までの主張の根底を覆すかのような哀しい結末でした。残念です。

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「危険な迫伝は少ない| −つかめぬガンとの関連」という見出しで、一九六0年十一月二日付のある新聞は、ホーリングスワース博士の論文をかなりくわしく紹介していました。それは一九四七年から五九年にわたるABCCの調査研究の総括で、二キロ以遠の被爆者群にはほとんど放射線の影響がなく、残留放射線の影響は無視してよい程度のものであり、遺伝学的危険は事実上ない、というものでした。
 それを読んだときの私は、「あいかわらず、同じようなととを、よく発表するものだな」と不快な気持でいっぱいでした。ところがとれがさらに他の新聞にも掲載され、特別被爆者の枠を拡大しようとしている被爆者の要求に、真っ向から挑戦しているととが知れわたるにつれて、問題が大きくなりました。
 当時私は、広島女子短期大学の石井金一郎助教授を中心にした日本原水協専門委員会編『原水爆被害白書』の医学部門を担当し、すでに原稿を提出していました。その関係で広島県原水協から、ホ博士の論文にはどうしても反論する必要があるから、私に資料をそろえておいてほしいという連絡がありました。
広島市役所の記者クラブで、県原水協の責任者たちといっしょに、七、八人の記者を前に私はホ博士の論拠を各項目ごとに反論し、その誤りを指摘してゆきました。その結論は、二キロ以遠の被爆者でも一〇〇〜二〇〇ラッドの線量をうけた者がありうること、残留放射線を重視すべきこと、被爆者の病的状態はすべて無関係という証明がない限り、放射線と関係があるものとして医療および調査研究を行なわなければならない、というものでした。ととろが何故か記者諸君は一向に私の話に乗ってこず、ついに新聞は私の発言を一行も報道しませんでした。そとで私は佐久間澄教授の協力をえて、ホ博士への詳細な反論を書きだしました。
 私たちの主張が容れられたかどうかは知りませんが、とにかく政令で特則被爆者の枠、が二キロから一一一キロまで拡大したのは、論争のあった翌々年の一九六二年四月のことで、ABCCへの反論を収録した『原水爆被害白書−−かくされた真実』(日本評論新社)が出版された翌年にあたります。
 
 第一回原水爆禁止世界大会は広島宣言のなかで「原水爆被害者の不幸な実相は、広く世界に知られなければなりません。との救済は世界的な救済運動を通じて急がなければなりません。それが本当の原水爆禁止運動の基礎であります。原水爆が禁止されてこそ、真に被爆者を救うととができます」と述べています。
 被爆者の不幸な実相、とくに後遺症をなるべく国民の自に触れさせまいとするアメリカおよび日本政府への抵抗を通して、被爆者の要求を実現し、それによって原水爆禁止の世論をいっそう高める努力とそ続けられねばならないのです。
 しかし不幸な実相を明らかにする過程において、あたかも被爆者のすべてが白血病やガンという不治の病気にかかるものときめこんだり、被爆者の子供はすべて崎型児であると思いこんだりする傾向があらわれてきました。しかも救援運動に熱心なあまりか、被爆者が救いがたい悲惨さのなかに岬吟していなければ気のすまない人々さえいます。このようなととは、被爆者の就職や結婚という最も基本的な問題において、強固な社会的差別を生みだしました。ととろが被爆者の中にも、その差別を固定化し、暗い商だけを強調するととで、被爆者援護法を獲得しようという動きをする者もいます。
 一九六四年八月五日、大阪でおこなわれた第十回原水禁世界大会の被爆者協議会で、私は『原爆症−−原爆被害者の医学的側面について』という題で、問題提起をおとないました。
 「原爆症というのは被爆者だけにおとる特殊な病気ではなく、全人類の疾患の一部にすぎません。したがって被爆者の病気がすべて不治であるという発想は、実際的にも、理論的にも、病理学者の怒り誤りであります」
 「被爆者が大量の放射線を浴びた特殊な集団であることもまた、疑う余地のない事実です。それゆえに被爆者の病気はすべて、放射線障害との関連において追求されねばなりません。被爆者の病気を明らかにするととは、人類の脅威となりつつある放射線障害を解明する上で、怠るととのできない緊急な事業なのです」
 「たしかに肉体的にも精神的にも、この上なく気の毒な被爆者が多数います。だがそのような悲惨な人々の実相が、全被爆者の姿ではありません。放射線による遺伝因子への障害も、畸形児の発生も、被爆者群と非被爆者群とを比較すると、両者の差はあっても、意外に小さいもので、もしそれを各個人の比較にひきあてれば、差はほとんどありません。このような遺伝への影響のために、被爆者との結婚を拒否するとととそ、よほど悲惨なのです。被爆者だけが病気ばかりしているわけでもないのに、すべての被爆者を病弱だろうと言って、就職を拒否するととこそ、悲惨なのです」
 「被爆者の真の実相を明らかにしなくて、たんに悲惨さを強調するととで被爆者を救援し、 原水禁運動を推進する一つの手段にすることは、同時に被爆者自身の立上る気力や、闘う意欲 をなくすおそれがあります」
 「原爆によって、一人でも病苦に苦しむ者があれば、私どもはその非を問うための抗議権を、いつでも行使しなければなりません。他方、私どもは個々の被爆者の肉体的障害を、過大に評価することは、慎しむべきであります」
 私の演説に対する-拍手はきわめて少ないものでした。おそらく被爆者救援に意気どんで集まった人々に、冷水をあびせたのでしょう。
 そのとき一人の被爆者が質問しました。
 「先生は原爆症は不治ではないとおっしゃったが、私は被爆いらい頭の働きが弱まるばかりですし、ただ習慣的K食事をしているにすぎません。これでも不治ではないのでしょうか」
 被爆者をとのような敗北的な気持にさせないために、私は『原水爆被害白書』への執筆などを通して原爆症の知識を行きわたらせようと私なりに努力してきました。しかし原爆症の知識が国民のものになりきる日はまだ遠いといわねばなりません。それは原爆被害のもつ悲惨さと医学上の問題が、"被爆者救援"を聞にはさんで、混乱した理解のされ方をしているからです。
このことは、もはや単に医学の狭い枠の中だけでは解決できない問題なのです。私は冷静に科学的な立場と方法で、なにものをも恐れず真実を明らかにしていく一方、被爆者だけでなく日本人全体が核禁止の訴えを高められるような条件をつくっていくととのなかに、一医学研究者としての私の使命があると思っています。


◆関連ブログ
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タグ:杉原芳夫
posted by いんちょう at 19:49| Comment(10) | 原子力
この記事へのコメント
この手記で書かれた「差がほとんどない」という表現は、病気の発生には個人差があること、発症していない人についてまで、特に遺伝的影響があるに違いない、として差別することを非常に憂えていらっしゃるのだと思います。
もちろん、発症していないからといって、本当に影響がないのかは神のみぞ知ることでしょう。
被爆者を区別する必要がない、とはおっしゃっていないと思います。区別することで生じる、本来あるべきものと違った迫害とも言えるものを軽減したいと思われているように感じました。

また、被害者意識が昂じることで、新たに作り出される症状もあると思います。例えは良くないですが、追突事故の被害者は、「自分に責任がないのに、一方的に障害を受けた」と思い、ある種の人々は、ありもしない症状を利得のために作り出し、ある種の人々は、被害意識ゆえに不定愁訴が複雑になる、といった具合です。
正しく知り、必要な防護をして、過剰な不安を抱えないことが必要ではないかと思っております。
Posted by さかなし at 2013年12月31日 01:39
読んでいて小出先生の名前が浮かんできました
彼も原子力が専門なのに一次産業をなんとかしなくてはとか専門以外のことを言い出した。杉原先生も医師としての専門以外のことに触れ出している
これも日本的メンタリティーなんでしょうか
Posted by やえこ at 2013年12月31日 20:36
あたたかいお正月ですが、先生、みなさん、寒中お見舞い申し上げます。

杉原医師の変節?について先生のご落胆。ある愛読者仲間からも同様の思いを投げかけられました。

わたしは感性が鈍いので、さほど深く考えてなかったのですが、なんか、マズい?って心配になり、再度読みこませていただきました。

アホなので、時系列に事項を書き留め、医師の置かれた状況を実家にある20世紀年表程度の資料片手に想像してみました。
お正月休みならではの内職です。わたしの不十分な解釈を書かせてくださいませ。

杉原医師は、引用の一番最後に書かれているように、冷静に科学的な立場と方法で、なにものをも恐れず真実を明らかしていく態度を示されておられる。

しかし、医学という狭い枠の中では解決できない問題取り組みへの使命も上げておられます。

この部分に答えがあるのかも。

サンフランシスコ講和条約までは、GHQによって知見を抑えこまれる状況においても彼らは真実の解明と公表を諦めませんでした。
朝鮮戦争が始まり、アメリカは日本の再軍備を図り正力など日本の同調勢力を利用し核戦略の一翼を担わせる動きをかけます。
その動きにとって不幸なことにビキニの第五福竜丸被曝により、核戦略への警戒が日本国民に広がりました。
政界では着々と原子力の平和利用と装おった原発推進政策が進められ、一方、広島、長崎、ビキニの実相の隠ぺい、もみ消しが図られました。

1956には正力が初代科学技術庁長官に。1957に、われわれにとって因縁の岸内閣発足。

岸については安保条約にばかり目をうばわれてきましたが、一方、このような動きを国内でとり、杉原医師が共に行動していた原水協が安保条約反対の立場を打ち出すなかで、さらなる圧力が核被害の公表による原水爆禁止の動きを抑えこんだと考えます。
何かいまの日本人がおかれた状況に似ています。
わたしたちも、特に住む地域などにより分断され、まとまれず焦る思いに苦しんでいます。つい、ワンイシューで抵抗が近道と考えては、いろいろと苦い経験を重ねてきました。

当時は右翼によるテロ事件が頻発(裏に誰がいたんでしょうか)、
1960 11月 記者クラブで記者たちが話に乗ってこず一行も報道されなかったのは、どんな背景があったのか。

杉原医師は取り巻く現実を思い知らされ、せめて原水爆禁止の実現をと政治的な妥協という苦しい選択をされたのではないかと。

そこに置き去りにされてしまった被曝者、そして止められなかった核戦略。無惨な自画像にも見えてしまいます…

さらに見えない遺伝的影響に言及することについての感情面へのためらいも放射能というものならではの乗り越えがたい大きな壁、追求すればするほど自らが問われる。医師にも学者にもどんなにできた人間にも解決できない究極の問題だと思います。これが為に核利権者たちは思考停止、わたしたちも答えは出せない。廃炉しか、あったとこへやばいものを片付ける以外にできそうなことはないと、思わざるを得ません。
長い妄想解釈読んでいただきおつかれさまでした。
Posted by マツダマツコ at 2014年01月01日 17:11
あけましておめでとうございます。
放射能被害に関する文献から、小野先生が様々な考察をされており、問題の難しさを強くつきつけられる感じがします。
私も生物の細胞、染色体、DNAを傷つける恐ろしい威力を持った放射能が子孫にまで害を及ぼさないとは、断定できないと考えます。
しかし一方、その見方は放射能被害に遭われた方々を将来に渡り累代にまで障害を負った人々とみなしてしまうことにもなります。
その事実は、被害に遭われた方への差別を助長しかねません。
医学においては、徹底して放射能被害の分析を行い、司法においてはその結果を持って加害者に証拠を提示し罪を問うことが必要ですが、その結果は却って更なる悲劇を生むのかもしれません。
「大丈夫、放射能被害に遭った人間と遭っていない人間の発病率はそんなに変わらない。」
科学的根拠を持った事実を、わかっていても感情的には否定したくなる気持ちは、わからなくもないです。


 
Posted by 北九州市の松ちゃん at 2014年01月01日 18:30
西日本在住の無原発派です。
先日、同僚(かなり1F問題に関心あり、食品産地などきをつけています)と話していた時に、「もし、福島の女性と知り合って、恋仲になったとして、結婚を考えるか」と問われ、「嫌です」と返事してしまいました。

私自身は差別していると意識していなかったですが、その答えが、手記にある差別「このような遺伝への影響のために、被爆者との結婚を拒否するとと」そのものであることに気がつきました。
何も知らなければそのような発想はなかったと思います。
「被爆者の真の実相を明らかにしなくて、たんに悲惨さを強調するとと」が、このような差別、偏見を生み出しかねない。

「個々の被爆者の肉体的障害を、過大に評価すること」は、実相を越えた偏見を生み出す元になりかねませんので「慎しむべき」であることも、腑に落ちます。
杉原先生の発言にブレはない、と考えます。

小野先生が解釈された、「被爆者を区別する必要はない」「一般人と健康に差異がな」いとというのは杉原先生の本意ではないと思います。「被爆者群と非被爆者群とを比較すると、両者の差はあって」と明瞭に書かれています。
それを個人レベルでの差別につながる問題に繋げることを真に憂いておられるのです。差が少ない、とはそういう意味だと思います。(それでもなお、差がない、とはおっしゃっていないのです。)
私も、自らの中に確かにあった差別意識を剋するようにします。
Posted by さかなし at 2014年01月01日 19:37
ロナルド・レーガン乗組員が被爆症状により東京電力を告訴したニュースはついにアメリカの大手メディアABCで取り上げられました。登場するのは原告の一人でシングルマザーのクーパーさん。

ABC Goodmorning America
http://abcnews.go.com/GMA/video/us-sailors-sue-radiation-poisoning-21307774

院長先生のブログに「真実は時の娘」という表現がよく出てきますが、この東電告訴で浮上したのが、第二次世界大戦後15年間もの間多くの放射性廃棄物の入ったドラム缶をニュージャージー州沖の大西洋に投棄していたカラハン・カウンティーというアメリカ海軍艦艇。以下のリンクに甲板から放射性廃棄物のドラム缶を海に投棄している様子がリアルに録画されています。すべてのドラム缶がうまく沈んだわけではなく、浮いてきてしまう場合は甲板からライフル銃を打ち穴だらけにして無理に海底に沈めたとのこと。深さ1800メートルから3600メートルくらいの海底に投棄されたドラム缶の数は1957年から58年の2年間だけでもざっと1万は超えます。

2014年1月1日付 Tampa Bay Times よりThe Atomic Sailors
http://www.tampabay.com/news/military/veterans/the-atomic-sailors/2157927

恐るべきことは投棄した物の中に原子爆弾が含まれていた可能性があるということ。ある乗組員の1958年6月28日の日記には: "200 tons. Spec. weapons(特別な兵器)"を投棄したとあり、この艦艇のログには2時31分に"confidential material(機密物質)"を投棄したと記載されており事実が一致するのです。この乗組員は妻に2個の原子爆弾を海洋に投棄したと生前に話していたそうで、他の乗組員も分解された原子爆弾を数回投棄したことがあると証言しています。放射線量の強い危険なドラム缶には赤いXの印がついていたそうですが、知らずに坐ったりして病気になったりした者もおり、体調を悪くした乗組員らが半世紀にわたり政府と闘っています。ちなみにこの放射能汚染された艦隊自体も大西洋海底に沈められました。

自然界の異変は続々と報じられており、最近はアラスカでのキングサーモンや剥げたかの前例なき個体数の激減など。人間社会に影響が及ぶのはもう時間の問題。ロナルド・レーガンの裁判結果は福島で東電相手に闘っている方たちにも大いに関係あります。このような「狂気」がこれ以上まかり通らぬよう、国内外の被害者の皆さんを応援するべく今年もいなごのように戦いましょう。広島、長崎のような「泣き寝入り」を繰り返してはいけません。
Posted by アムステルダム at 2014年01月01日 23:12
こだわってしまい申し訳ないのですが。

遺伝的影響をめぐる問題ですが、これを理不尽な差別と一緒にしてしまってよいのかよくわかりません。理はあるのです。非情ではありますが。生きものとして次の世代の存続を考えることには非は唱えられません。

これを非のあることとして捉えるようになったら、つまり、そうやって人を被ばくしていると言って遠ざけるのは差別だと考えるようになれば、今の権力者たちが未来の遺伝子を脅す放射能を平然として全国民均等になるようばらまいていることを、ああ、これで差別がなくなると容認することにはならないでしょうか。

まさに被ばくして公平、差別が回避できたと、ある意味、食べて応援、被災地の産業経済が守られたというのとどう違うのかと戸惑います。

差別の種をまいたことが断罪されず、そのことから身を護ろうと取った行動が非難される世の中に置かれてしまっています。

さらに程度の差こそあれ、世界レベルでいえば日本人は差別を受け入れなくてはならない立場。まだまだ被害エリアを広げて世界中を「公平」に持っていくのでしょうか。

わたしは種をまいた人たちをゆるしません。でも未来の幸せをもまもりたい。これからことあるごとに一人一人がこの問題に立ちはだかられて問われることになっていくのですね。杉原医師のみならず。これからのイナゴは大変です。
Posted by マツダマツコ at 2014年01月02日 12:42
杉原先生の今回の手記は、一読しただけでは、ん?と思います。

じっくり読んでみると、医学的に差がないと言っているのではなく、普段の社会生活の中(就職、結婚等)で、被爆者が差別される風潮を心配して、「差はほとんどありません」と表現したために、文章全体が解りにくくなった感があります。

太字の「放射線による〜差はほとんどありません」の部分の意味が読み取り難いですが、被爆者が必ず不治の病に罹ると決まっているわけではなく、産む子ども全員に障害があると決まっているわけではありません。
非被爆者でも不治の病に罹る場合もあれば、障害のある子を産む可能性もあります。
両者に差はあるとしても、さかなしさんがおっしゃるように、「神のみぞ知る」ことなのです。
そういうことで被爆者が無用な差別を受けることを杉原医師は憂えたのだと思います。

しかしながら、医学的には両者に有意に差があることを証明しなければ被爆者救援はできなくなります。
ということは、当然、非被爆者に比較すると将来に渡って健康被害が起きる可能性は高いということになりますから、そのことが、不本意ながら差別を助長することになると悩まれたのでしょう。
後のほうで、「医学の狭い枠の中だけでは解決できない」と書かれているところからも理解ができます。

差別を防ぐためとはいえ、医学的にも差がないと言い出したらトンデモですが、前記事、終わりの3行を読む限り、そうではないと思います。
被爆者の健康被害は救済されなければならないと研究する一方で、世の中の偏見や差別からも守りたいと考えられる素晴らしい医師だと思います。

フクシマとも重なります。
今の日本に杉原先生のような医師はいるのでしょうか。
Posted by emoto55 at 2014年01月02日 15:16
資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会基本政策分科会
原発ありきの「エネルギー基本計画」素案にパブリックコメントを書きましょう。
締切は1月6日です。(後3日です)

http://p.tl/-Bh8

私も素案を読んで(65枚あります(-_-;))書こうと思っています。
資源を持たない日本の現状、石油を輸入している中東の政権が不安定なことなどを訴え、原子力を準国産エネルギーと位置づけて再稼動を計画したものです。
断固反対です。
Posted by 北九州市の松ちゃん at 2014年01月03日 02:44
甲野善紀 @ shouseikan  東京都
新年が明けて、元日から穏やかな日が続いているが、先ほど庭をちょっと
見かけない猫ほどの動物が歩いていた。ハクビシンかと思ったが、顔を
正面から見たところ、どうやらタヌキのようである。

どうやら…というのは、この寒空のなか、可愛そうにかなり毛が抜けて
しまっていて、ちょっと分かりにくかったからである。

動物は一般的に塩分を摂らないが、タヌキは特に塩分に弱いと言われて
いる。ただ、こうした市街地では食料は残飯が主になってしまい、それで
毛が抜けてしまうのではないかと思う。
Posted by k at 2014年01月03日 16:13
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