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2012年05月09日

放射能を「正しく」怖がるホームページ・・筆者と作成団体を「正しく」知ろう

 1年くらい前に新聞記事を分析しました。
放射能を必要以上に怖がることは「エセ科学」=カルト宗教-新聞論説から

・始まりの文章は、誰が読んでも正しいことを書く。
・文章の途中までは、自分の意見とは反対の意見をただしいかのように記述する。
・本来はただしい意見を、突拍子もないとんでもないことと結びつけることによって、ただしい意見も間違いだといった印象を植え付ける。
・最後には、また誰が読んでもただしい意見を述べる


 最初から明らかにおかしいことを書けば、誰も相手にしません。次のようなページを見つけました。

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一見、普通の主婦が、放射能パニックから逃れたという「正しい」記事のようです。この文章の流れとまったく同じツイッターのまとめを思いだしました。

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まったく持って同じ流れです。放射能を心配していた「主婦」が、科学的な知識を仕入れて放射能を「正しく」怖がるようになった。しかも、このまとめのFavs と Viewの数。驚異的です。

この手のエントリーはかなりあるようで、
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もみつかります。

 綺麗そうなホームページで、ネット上ですぐにわだいになる。こういう時は必ず、その主催者を見なければなりません。(基本中の基本です)

まず、Global Energy Policy Research の運営会社
GEPRはアゴラ研究所が、運営するウェブ上の仮想シンクタンクです
代表取締役:池田 信夫
取締役:西 和彦
取締役:田代 真人


 池田信夫氏は、いまさら説明する必要はないでしょう(ググれば、すぐにわかります)
 西和彦氏には、ちょっと補足が必要でしょうか。この方は、ASCIIの設立者で、マイクロソフトのビルゲイツ氏と仲が大変よいようです。その豊富な資金力を生かし、2chに対抗する形で1ch.tvなるサイトを立ち上げられましたが、今は閉鎖しています。
 ビル・ゲイツ氏は、原発推進に大変力を入れておられますので、おそらくそのつながりではないかと考えます。このサイトに出てくる執筆者全員が、全員ある一定の目的を持っている・・すなわち巨大な原子力村の一員であることは論を待たないでしょう。
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 最初はたくさんの人がいるように思われます。しかし、彼らはカネでつながる団結力のない組織です。一つ一つ名前を抑えていくことで騙されることはなくなります。

 例えば、次のサイトも要注意です。
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 一見綺麗で、正しい情報を流しているかのようなサイト。このようなサイトを見かけたら、必ず主催者を確認。そうするとこの人たちの名前を色々なところで見かけるようになります。そうすればしめたもの。もはや、洗脳されることはなくなるでしょう。
 自分なりの分析でホームページを見て、どこの誰が なんと 発言したのかを記憶する。それだけで、もはや根も葉もない噂に惑わされることはなくなります。決して、マスコミ、ネット情報を鵜呑みにしてはなりません。

◆関連ブログ
2011年08月29日
放射能を必要以上に怖がることは「エセ科学」=カルト宗教-新聞論説から
タグ:放射能 洗脳
posted by いんちょう at 21:48 | Comment(16) | 原子力

2012年05月08日

かつてあったことは、これからもあり かつて起こったことは、これからも起こる(水俣病と放射能)


 かつてあったことは、これからもあり
 かつて起こったことは、これからも起こる。
 太陽の下、新しいものは何ひとつない。
 見よ、これこそ新しい、と言ってみても
 それもまた、永遠の昔からあり
 この時代の前にもあった。
《旧約聖書の伝道の書(新共同訳ではコヘレトの言葉)1章8節〜10節》


 今回の原発・放射能災害を小規模に起こしたものが水俣病だと最初から思っています。その関連性については何度もブログで紹介してきました。

 そんなことでは被害は起きないと、さも玄人のような話で説明しておきながら、いざ被害が起きると我々には知識がなかったと主張する国の役人たち。

今回のガレキでも、環境省は「放射能の知見はない」と公言しながら、環境省近畿地方環境事務所、廃棄物・リサイクル対策課長の林里香氏
今夜の立山町のガレキの説明会(岩峅公民館)で、環境省の課長(女性)が、「100ベクレルは枕元に置いても安全な基準値です。」と言いました。住民から失笑を買いました。
と発言されました。本当にそう思われているのかどうか。

 さて、本日の話題。次のブログから記事を利用させていただきました。
水俣病・有機水銀中毒 12010年03月20日
 昭和31年5月1日,水俣市の新日本窒素(現,チッソ)水俣工場付属病院の細川一院長が,「水俣市の漁村一帯に,これまでに見たことのない中枢神経疾患が多発している」と水俣保健所に報告した.細川院長が保健所に報告した奇病というのは,歩行障害,言語障害,狂躁状態などの原因不明の中枢神経障害をきたす小児患者で,チッソ水俣工場付属病院に入院してきた5歳の姉,引き続き入院した2歳の妹,この姉妹が報告のきっかけとなった.この姉妹は水俣市内月浦に住む田中義光さんの子供で,姉妹の症状は進行性で日本脳炎に似ていた.しかし日本脳炎の特徴である発熱,頭痛,嘔吐はみられず,これまでに経験したことのない悲惨な症状を示していた.さらに医師たちを驚かしたのは,同じ症状の患者が近所にもいるという家族の話だった.そのため内月浦地区周辺を調査することになり,その結果,田中姉妹と同じように四肢の筋肉を硬直させ,狂声を発する患者8人が見出され入院することになった.
 昭和31年5月16日,熊本日日新聞は「水俣に子供の奇病,ネコにも発生」との見出しで水俣病を報じた.この水俣の奇病は人間に限らず,他の動物にもみられていた.海岸周辺の住民の話から,10年以上も前から水俣湾の魚介類が大量に死んでいることが観察されていた.また数年前から「猫が痙攣を起こし,よろけながら歩き,狂ったように急に走り壁にぶつかり,あるいは海に落ち死んでしまう」,このような不気味な現象が地元では知られていた.さらに不気味なことに,ふらふらと飛んでいたカラスが急に落下するのを目撃した住民も多数いた.
 水俣病の公式届出の約3年前である,昭和29年7月31日の熊本日日新聞は,「猫がてんかんで全滅」の見出しをつけて記事を掲載していた.漁村では網がネズミにかじられないように猫を飼う家庭が多かった.その猫が全滅したため.ネズミが増え網がかじられる被害が多発していると報じたのである.その当時は猫の病気はあまり問題にされず,住民たちはこれを「猫踊り病」,「猫の自殺」と呼んでいた.さらに飼い猫が「猫踊り病」で死んだ家では,その後,同様の症状の患者が発症していることが分かった.

 最初の報告は、チッソの病院長です。この方は告発したあとどうなられたのでしょう。

 水俣病は狭い地域に集団で発生していることから,また患者の家の猫も「猫踊り病」で死んでいたことから,奇病の原因として最初に注目されたのが新種の伝染病であった.そのため白衣を着た保健所職員が患者の家を真っ白になるまで消毒し,患者は疑似日本脳炎として隔離された.この伝染病という噂により,患者たちはさまざまな差別を受けることになる.患者の家の前を通る人たちは,手で口をふさぎながら,足早にすぎていった.患者が街を歩けば,住民は汚いものを見るように,遠くから患者を見つめるのだった.患者がバスに乗ると,乗客は席を立ち離れようとした.このように患者や家族は病苦だけでなく,周囲からの差別を受け,孤独の中で苦しめられていった.村八分と同じ扱いを受けたのである.
(中略)
 熊本県水産課は,因果関係は明確ではないが,工場排水による魚介類の汚染が原因と考え,食品衛生法に基づき工場排水の停止と漁獲禁止の処置をとろうとした.しかしチッソ会社と日本化学工業協会は政府に圧力をかけ,厚生省は熊本県の処置を認めなかった.また漁業の補償問題を懸念した行政は,すべての魚介類が有毒化している証拠がないとして,漁獲禁止の措置をとらずに放置した.水俣の漁民は病気を恐れ,また水俣湾の魚は売れずに水揚げは激減した.昭和31年に45万トンであった水俣湾の魚介類の水揚げは,昭和32年には1万トンまでに激減した.漁民は生活の補償を受けられず,どん底の生活に追い込まれた.しかし一方では,この水揚げの激減により,昭和32年には新たな患者の発症はみられなくなった.
(中略)
 水俣市はチッソあっての水俣市であった.水俣市はチッソ工場を中心に商店街が連なり「チッソ城下町」とよばれていた.市民の多くがチッソ工場で働き,チッソは水俣市のドル箱と言われていた.地元の人たちはチッソが奇病の原因と疑ってはいたが,チッソで成り立っている水俣市では,チッソ水俣工場の存在は余りに大きく,市当局や市議会は常にチッソに対し逃げ腰だった
 チッソは工場内の立ち入り調査を執拗に拒否し,そのため工場内の調査は不可能な状態であった.工場排液が怪しいとの確信があったが,水俣市の財政の半分以上を占めているチッソ水俣工場に立ち入る勇気を誰も持たなかった.「チッソ城下町」と呼ばれていた水俣市で会社の責任を追求することは出来なかった.そのため原因究明は大きく遅れをとった.

(中略)
 昭和33年9月,それまで水俣湾へ直接流していた排水経路を,チッソ水俣工場は突然反対側の水俣川河口へと変更した.それまで狭い水俣湾に停留していた廃液が不知火海へ直接流されることになった.なぜ排水経路を変更したのか,このことについて会社側の説明はなかった.チッソ水俣工場は工場排液を水俣病の原因と認めていなかったが,狭く限局した水俣湾に廃液を流すよりは,広い不知火海へ廃液を流すほうが希釈され被害が少なくなると予測したのであろう
 しかしこの排水路の変更により決定的なことがおきた.水俣湾周辺に留まっていた水俣病患者が,汚染海域が拡大したため不知火海全域で発症することになったのである.それまで患者の発症が見られなかった不知火海沿岸各地,さらには離島にも患者が続出する事態になった.このため不知火海沿岸はパニックに陥ることになる.この工場排水の変更が,被害をさらに拡大させ,工場排水が水俣病の原因である可能性を高めていった.

(中略)
 昭和34年10月以降,工場幹部は水俣病の原因を廃液と知りながら,うやむやにする工作に出た.まず患者や漁民に対しわずかばかりの見舞金,補償金の支払いを約束する.そしてその条件として「将来水俣病が工場排水によるものと判明しても,新たな補償金の要求は一切しない」という項目をいれた.さらにこの補償金は会社側の責任を示したものではなく,あくまでも「隣人愛による行為」と説明したのである.
 現在の東電もまったく同じ賠償をやっています。

 熊本大学の有機水銀説を否定するかのように,昭和35年4月12日,東工大教授・清浦雷作が「水俣病の原因は腐った魚介類の毒(アミン説)」によると新聞紙上で大きく発表した.清浦雷作は水俣湾の魚介類を分析した結果,魚肉が分解したときに出る4種類のアミンを検出,これを猫に注射すると水俣病と同様の症状が出ることから,魚介類のアミンが何らかの反応によって有毒化したことが水俣病の原因と発表した.翌36年には東邦大学・戸木田菊次教授がこのアミン説を支持する論文を書いた.このように水俣病の原因について,熊本大学の有機水銀説と清浦雷作のアミン説の2つが対立したが,当時のことである,田舎の熊本大学よりも東工大教授・清浦雷作の方が多くの支持者を得ていた
 さらに日本化学工業協会・大島竹治理事,横浜国大・北村教授は水俣湾に流れ込んだ農薬が原因であるという農薬汚染説を主張した.また戦時中水俣にあった日本海軍施設の爆薬が海中に投棄され,その中の爆薬が溶けだしたとする「爆薬投棄説」まで持ち出された.これらチッソ工場の立場を守ろうとする諸説に対し,メチル水銀説の熊本大教授らはただちに反論したが,メチル水銀の出所を明らかにすることはできなかった.チッソ水俣工場が廃液の検査を拒否したため,原因の決め手に欠いていたのである.チッソ水俣工場は無機水銀を使用していたが,有機水銀は使用していないと無関係を強調した.

 まさしく、現在も東大の御用学者が、フリージャーナリストその他のただしい意見を権威でもって押さえつけています。

水俣病は他の公害病とは異なっていた.海水によってきわめて薄い濃度に希釈されたメチル水銀が,水中の生物間の食物連鎖を経由して,魚貝類に高度のチル水銀として濃縮されたのである.この数万倍にも濃縮された魚貝類を摂取した人々のなかからメチル水銀中毒症の犠牲者が出たのである.
 放射性セシウム、ストロンチウムについても同様の食物連鎖被害が予想されますが、東大を始めとする御用学者は、希釈するので大丈夫と話しています。水俣病をご存じないのでしょうか。

 水俣病が問題化した昭和30年代は,日本の経済が復興し,高度成長時代の牽引役として工場側を擁護する雰囲気があった.また政府も工業立国を目指す政策から工場側に有利な立場を取っていた.明治41年,チッソ水俣工場が操業を開始して以来,チッソは日本の化学工業をリードし,水俣市の政財にも大きな影響を及ぼしていた.経済成長を最優先した時代に,工場排水が原因として強く疑われたが,国や市は工場の操業停止を求めることはなかった.これらが水俣病の解明を遅らせ,被害を大きくしたのである.水俣病は被害の大きさと悲惨さから公害の原点といわれている.
 水俣病の患者はチッソ水俣工場を相手に裁判に踏み切った.チッソ水俣工場は「メチル水銀による水俣病の発生は予想できなかった」,「アセトアルデヒドの生産過程で有機水銀が発生しすることを知らなかった」,「熊本大学医学部の水俣病研究班は3年かかって原因を明らかにしたが,医学専門家でない技術者に原因がわかるはずはない」,などの弁明をした.

 まさしく、このあと数年経って、環境省が口に出しそうな弁明をチッソがやっています。

 このままでは震災ガレキ、放射能被害は、水俣病の二桁、三桁、いやそれ以上の災禍を持って、日本人を襲うのは明らかです。
 チッソ=東電、水俣市=福島県 と考えれば、現在の状況が納得できるのではありませんか?

◆関連ブログ
ロボトミー・・悪魔の手術が終わるまで2011年10月19日
水俣と福島(上)−企業城下町では真実は封殺される2011年08月11日
水俣と福島(下)−チッソ、東電、国、そして御用学者・・企業救済を優先2011年08月12日
東大・専門家を信用するな2011年04月20日
タグ:水俣病
posted by いんちょう at 21:15 | Comment(5) | 原子力

2012年05月06日

目覚めるニッポン(原発全停止の朝)

 昨日の23時に泊3号機の出力がゼロとなり、日本中の原発が停止しました。

本日の熊日朝刊一面
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左下にある 『フクシマ』論を書いた 開沼博氏 の正体はわかりました。
 今、各地で「原発が止まって食っていけない」と訴える人が出ている。とりあえず仕事が欲しいと言うときに、再稼動しかないのが現実。職を奪われたくない。困れで通りの日常を送りたい。遠い日にあるかどうかわからない「科学的なリスク」より「生活のリスク」がそこにはある。
 このような文章を載せざるを得ない追い込まれた新聞社の姿が目に浮かびます。しかも「大型識者談話」とまでわざわざ書いていますが、彼は84年生まれの27歳  あの東大大学院博士課程に在学中の学生です。ニューホープを見つけたというところでしょう。
 東大の学生、新たな文壇の登場というところでブランド価値を見つけているのでしょうか。今の時代は、権威のある者が、原発推進を唱えると、原発の必要性が理解されるよりもむしろ権威そのものが失墜する時代であることがまだわかっていないようです。

このニューホープの方には、その原発に支えられた日常生活は、原子力は産業のアヘンと同じだと気がつけないのでしょうか。

藤原 正司(ふじわら まさし)参議院議員(2期) 比例民主。(電力総連)
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「半年もたてば、世論も変わるわ。日本は農林水産業だけでは食べていけない。震災後、原発を減らせという評論家が増えたが、産業・経済はどうなる。お父ちゃんの仕事がなくなってもええんだったら検討しましょうよ」

このような経済至上主義の方には、次の詩を(響く心はなさそうですが)

母親というものは

母親というものは
無欲なものです
我が子がどんなに偉くなるよりも
どんなにお金持ちになるよりも
毎日元気でいてくれることを
心の底から願います
どんな高価な贈り物より
我が子の優しいひと言で
十分すぎるほど幸せになれる
母親というものは
実に本当に無欲なものです
だから
母親を泣かすのは
この世で一番いけないことなのです
詩・葉祥明


報道されているニュースよりも、報道されていないニュースの方が大事です。
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 このニュースは、海外の方が詳しく報道してくれています。ドイツシュピーゲル
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 ここで紹介されているビデオの中で、「いわき市で心筋梗塞で友人が死んだ」という証言があります。私には周知の事実ですが、日本のテレビ・新聞で報道されたことは寡聞にしてしりません。

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 こちらには泊原発の出力がゼロになるところが記録されています。

このような大規模なデモが、一切報道されない。明らかに報道管制がひかれています。1年以上経つのになぜ、熱しやすく冷めやすい日本人が、未だに怒りを覚えているのか、全く理解できないというのが本当のところでしょう。


4月29日にも原発のデモが原宿でありました。無言で先頭を歩かれている女性たち。意志の強さが顔に出ています。中国で300人程度のデモがあれば、大きく紙面を使って報道するにもかかわらず、自国のデモは数千人規模以上であっても無視する。正直に報道することすらできなくなっている焦りを本当に感じます。

最近お気に入り?のJaif TVから

 日本は50年近く、原子力発電の建設というものを絶やしたことがない
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 彼らは、続けない限り死ぬ運命にあることがわかっているからこそ、遮二無二でも再稼動、建設続行をお題目のように唱えるのです。動かせない、新しいプラントを建設させない(海外含む)ことで原発の火−悪魔の火−は必ず消えます。

 報道されていないことを悲しむよりも、あのような大規模なデモが報道することすらできなくなっている現状に自信を持ちましょう。

◆関連ブログ
原子力は産業のアヘン2011年06月14日
みえないばくだん2011年07月08日
顕在化してきた健康被害(気になる症例 Part.2)2012年03月22日
気になる症例のまとめ2011年09月11日
6万人の脱原発デモ−どこがパレードなのか。2011年09月19日
脱原発6万人超のデモ−新聞各社の朝刊一面2011年09月20日
タグ:脱原発
posted by いんちょう at 08:53 | Comment(16) | 日記

2012年05月05日

葉祥明展(熊本市現代美術館)

 先日、葉祥明展に行ってきました。

現代美術館の入り口
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なかなか活気のある産直展です。野菜と、畳製のスリッパを購入

このビルには、電気が足りないと宣伝している九電のオール電化住宅展示も
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この会社、一体何考えているんでしょ。

さて、本題(パンフレット)
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 私自身は、この展覧会を見るまでこの方を存じ上げていなかったのですが、自然を愛する画家、絵本作家だと展示をみて感じました。このような方が、本当のことにふれることができるのかどうか。現代の試金石そのもの。


中の1ページ
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 この本は1986年のチェルノブイリ事故後に書かれていたが、出版されず311以降に発売された本です。

 巻末には次のように書かれていました

 目には見えず、においもせず、触ることもできない放射能は生物にとっての脅威です。そこには底知れないこわさがあります。

この世にはコントロール出来るものと
コントロール不能のものがあります。
それを見極めるのは智恵や感性です。


この地球上の自然といのちあるものへの人間としての責任を考え続けなければなりません。


この時購入しましたはがき
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阿蘇にある美術館
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から

落合恵子『この非情この上ない現実を迎えながら、一つだけ私たちにとって希望が見えたとすると、信頼に値する人と値しない人がはっきりと分かれたことです

 自然を本当に愛する人ならば、現在突きつけられている問題から逃げませんし、逃げることはできません。

 口先だけの反核、口先だけのエコ。口先だけの弱者保護

もうやめようではありませんか。本物かどうかを見分ける目を個人個人で培っていきましょう。

◆関連ブログ
災厄の犬たちとの戦い−村上春樹2011年06月11日
タグ:原発 文化人
posted by いんちょう at 21:29 | Comment(6) | 原子力

2012年05月04日

内部被曝−ペトカウ効果と遺伝疾患

われわれは原発事故にどう対処すればよいか(肥田舜太郎氏)から

「福島で被ばく初期症状が始まっている。今年秋から来年たくさん出てくる」
被ばく医師肥田舜太郎氏の演説 2011年5月

「被ばくはアメリカの軍事機密。伝えると厳罰だった」被ばく医師肥田舜太郎氏の演説(文字おこし)(前編)
「ところが後から街へ入った人が、今の医学ではわからないいろんな病気で苦しんだとうことを聞いても、それはその患者を診た医者が、原爆のことを悪くいうためにデマを飛ばしているんであって、体の中に入る僅かな放射線は全然害がない、ということを、広島から爆弾を落としてから1ヶ月と2日目、アメリカのあの爆弾を作ったグループの一番TOPの人から2番目という偉い軍人が来て、まだマッカーサーが日本へ上陸する前に焼け残った東京の帝国ホテルの前に、外国から来ているジャーナリストを集めて、つまり微量な放射線は体に入っても何にも害はないんだということを世界に向けて放送をし、日本の政府に向けてもそれを承知しろと。」
で、広島長崎で被害をうけた被ばく者は、アメリカの軍事機密である原子爆弾の秘密の一部を自分の体で知ったわけだから、これはアメリカの軍事秘密だから絶対に人にしゃべってはいけない、それから書いて残してもいけない、もちろん写真や絵で書いてもいけない、もし違反した物は厳罰に処すと、占領政策に最初にそれを日本で宣言したんですね。」
(中略)
「でもそれは7年前に終わりました、しかし、その直後あと、皆も知っている日米安保条約というアメリカがおこす戦争には日本が全力を上げてこれを助ける、そういう今の安保条約という条約ができて、日本の政府は今でも、日本を守ってくれるアメリカの核兵器が不利になるような運動を一切してはいけない。」「まだ今の政府はそういう方針を持っています。」


 内部被曝は、核の秘密につながる。もし、放射能で人類に被害が起きることを認めてしまえば、毒ガス兵器と同じで、使用できなくなってしまう。そのため、内部被曝はない・起きないことになってしまいました。フクシマの放射能被害に対する日本政府の対応を見ればよくわかります。

この考えにたった考えの動画−内部被曝を一切無視しています。

・カリウムがあるから、放射能は安全
・遺伝的影響は一切見られない
というのが、主旨です。

肥田先生の著書

から。この方が世界で一番の内部被曝の専門家です。今までも、随分と紹介させていただいています。
このp.90
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 放射線の人体に対する影響の医学的な解明を阻んでいた壁の一つは、放射線に対する細胞膜の強大な障壁だった。アブラム・ペトカウは1972年、マニトバにあるカナダ原子力委員会のホワイトシェル研究所で全くの偶然から、ノーベル賞に匹敵する次のような大発見をした。即ち、「液体の中に置かれた細胞は、高線量放射線による頻回の反復放射によりも、低線量放射線を長時間、放射することによって容易に細胞膜を破壊することができる」ことを実験で確かめたのである。

 ペトカウは牛の脳から抽出したリン脂質で作った細胞膜のモデルに放射線を照射して、どのくらいの線量で膜を破壊できるのかの実験をしていた。エックス線の大装置から16.6シーベルト/分(許容線量は1ミリシーベルト/年)の放射線を58時間、全量35シーベルトを照射してようやく細胞膜を破壊することができた。

 ところが実験を繰り返すうち、誤って試験材料を少量の放射性ナトリウム22が混じった水の中に落としてしまった。リン脂質の膜は0.00001シーベルト/分の放射線をうけ、全量0.007シーベルトを12分間被曝して破壊されてしまった。彼は何度も同じ実験を繰り返してその都度、同じ結果を得た。そして、放射時間を長く延ばせば延ばすほど、細胞膜破壊に必要な放射線量が少なくて済むことを確かめた。こうして、「長時間、低線量放射線を照射する方が、高線量放射線を瞬間放射するよりたやすく細胞膜を破壊する」ことが、確かな証拠を持って証明されたのである。これが、これまでの考えを180度転換させた「ペトカウ効果」と呼ばれる学説である。

0.00001Sv/min = 0.01mSv/min = 10uSv/min = 600uSv/hr
0.007Sv = 7mSv
 まあ、この論文自体を引いて、問題ないと言っているサイトもあるようですが、ここで重要なことは、
外部被曝35Sv が 内部被曝7mSv で同じ影響が起きること。すなわち、内部被曝が外部被曝の5000倍も影響力が高いと言うことを意味します。内部被曝も外部被曝も全く同じと言っている論拠がなくなります。

たしかにABCCは被曝は胎児に影響がないと説明しています。
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そして、
ヒロシマ・ナガサキを世界へ―被爆医師の反核語り部世界行脚 p.33から
 被爆後数十年経ってもなお人間を「ゆっくり殺し続ける」核兵器の残虐さの根源は、爆発時に放出する「放射線」にある。アメリカは原爆被害に関する情報の禁止を強要し、原爆投下後23年経って初めて国連に提出した原爆白書でも、「残留放射能による被害なし。生存被爆者はすべて健康」と事実を偽って放射能障害を隠蔽しようとした。それは、核兵器の非人道性が明らかになって核兵器廃絶が世界の統一した世論になることを恐れたからに他ならない。

 この2つを見ただけで、ABCCの公式の話がウソだと断ずるのに十分ではないでしょうか。

先日紹介しました世界は恐怖する 死の灰の正体1957年制作から
無脳児 昭和28年生まれ
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人間の形をしていない物体 昭和26年 長崎 1480m 三菱工場あと
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単眼男子
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そして、定量的にも次の記述がありました
・長崎大 林教授 s24-s25 22.3%の奇形 被曝していない場合 8.7%
・奈良医大 カンベ教授(ABCC勤務中)小児解剖1000体の内 無脳児15体、大血管奇形20体 単眼症1異例、 無眼症1例
・小頭症の子ども


そして、

の第5巻
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小頭症の子供が生まれたと書かれています。

また、次のような証言も
ABCCは何をしたか から
2.岡村ヒサさんの証言
 私は昭和20年当時、尾長町で産院を開業していました。41歳でした。その頃はまだ家庭分娩が多うございましたが、だんだん少なくなりまして、昭和30年頃には、皆産院に吸収されました。
 何も記録は持っていませんが、奇形がたくさん出ました。当時はABCCへ、みな報告しなくてはいけないシステムになっていました。奇形が出ましても、報告するのを嫌う人もございましたので、しなかったこともあります。

 このような報告がありながら、奇形児は生まれなかったとほおっかむりする科学者たち。本当の声が耳に入るのはいつの日になるのでしょう。

 被爆後3年経っても、とどまるところを知らない原爆症。公式発表ですら、この広島原爆の168倍にもあたるセシウムがフクシマから放出されたと日本政府は認めています。

 ABCC=放影研 の公式発表を信じてよいのでしょうか。

◆関連ブログ
われわれは原発事故にどう対処すればよいか(肥田舜太郎氏)2011年06月26日
世界は恐怖する 死の灰の正体1957年制作2012年04月30日
未だにセシウム・希ガスを大量に放出し続けているフクシマ2012年01月23日
死の灰の正体−無脳児、単眼児の出産も2012年03月16日
タグ:肥田舜太郎
posted by いんちょう at 19:57 | Comment(9) | 原子力

5月10日院内勉強会のお知らせ(放射能とABCC)

 下記の通りの日程で、勉強会を行います。参加ご希望の方は、下記要項をご覧の上、お申し込みください。当日の勉強会の様子は、録画した上でYoutubeにアップいたします。

日時 平成24年5月10日(木) 13時30分 〜 15時00分 (講演−約1時間程度)
場所 熊本市横手1−2-121 小野・出来田内科医院
電話 096−355−7532
題名 放射能とABCC
費用 無料
参加者 20名(駐車場は12台ありますが、やや狭いです。公共交通機関をできるだけご利用ください。)
応募方法 こちらのページからお申し込みください。先着20名
申し訳ございませんが、電話・メールでは受け付けておりません。
病院へのアクセス
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西山中学校前すぐ
新町電停徒歩7分
医院の前が駐車場です。満車の場合は地図中のPが駐車場です。一方通行もある狭い道ですので、ご注意ください。すこし離れたところには、コインパーキングもあります
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今月の勉強会の予定
・5月13日(日)14時〜16時 人吉市 東西コミセン 「なくそう原発人吉球磨の会」主催
・5月19日(土)14時30分〜16時45分 熊本学園大学 1411教室 500円 熊本原発止めたい女たちの会
・5月27日(日)10時〜12時 屋久島 安房公民館 500円 屋久島守るネット主催

5月24日(木)の勉強会を実施するかどうかはまだ未定です。
タグ:勉強会
posted by いんちょう at 08:18 | Comment(3) | 原子力

2012年05月03日

2012年4月の注目記事

  1. 死の灰の正体−無脳児、単眼児の出産2012-03-16
  2. 現地の実情を無視=遺体の含まれているガレキまで早々と広域処理がなされていた・・環境省説明会質疑応答から(熊本)2011-04-18
  3. 震災ガレキを燃やすいわき市2011-04-04
  4. 自宅に放射能連続観測所を作る−熊本市・自宅2011-03-30
  5. 若狭湾の原発銀座−背後に山が迫る恐ろしい立地2011-04-15
  6. 九州広範囲で、電線から火花・・塩害〜セシウム塩が原因か2011-04-13
  7. 環境省説明 南川事務次官(於 熊本)2011-04-14
  8. 環境省の作ったガレキ安全神話のほころび2011-04-24
  9. 気になる症例のまとめ2011-09-11
  10. 福島の子どもたちからの手紙「わたしは何さいまで生きられますか?」2011-04-22
  11. 子どものタンパク尿検査を−バンダジェフスキー氏の講演会から2011-03-20
  12. 日本の人口25万人減(人口動態から宮城県を考える)2011-04-21
  13. 東北でぶらぶら病出現か2011-03-28
  14. 第1回院内勉強会 フクシマの真実と原発再稼働2011-04-13
  15. もと東芝社員−奈良林直氏が北海道大学教授に就任してから・2011-04-10
  16. 原発再稼働賛成派の意見と良識的な経済学者の意見2011-04-08
  17. 献血と被曝問題2011-04-01
  18. 顕在化してきた健康被害(気になる症例 Part.2)2011-03-22
  19. 地震と津波の間に起きたこと−フクシマ原発2011-04-06
  20. 東電時代の思い出
◆関連ブログ
2012年3月の注目記事2011-04-01
2012年2月の注目記事2012-03-02
2012.1月の注目記事
2011.12月の注目記事 2012.01.04
2011.11月の注目記事 2011.12.01
2011.10月の注目記事2011.11.01
2011.9月の注目エントリー2011.10.1
2011.8月の注目エントリー
2011.7月の注目エントリー他2011.8.3
6月の注目エントリー2011.7.2
posted by いんちょう at 22:59 | Comment(1) | 日記

2012年05月02日

原発立地自治体とは−玄海、川内で被害予想(400万アクセス)

 大飯原発の再稼働問題で、地元自治体の範囲がクローズアップされてきました。

再稼働に対する政府の公式見解は、
原発再稼働、地元同意義務ない 藤村官房長官(04/05 13:28、04/05 15:29 更新)
 藤村修官房長官は5日午前の記者会見で、定期検査により停止中の原発の再稼働に関し、地元の同意は必ずしも前提条件にならないとの認識を示した。「法律などの枠組みで同意が義務付けられているわけではない」と述べた。これまで原発の再稼働には地元の同意が必要としてきた姿勢を軌道修正した形で、原発の地元や周辺自治体などの反発は必至だ。
 政府は、関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働に向けた手続きを進めているが、周辺自治体が反対・慎重な立場を崩していないためとみられる。法律上の「同意」は不要との立場を強調し、再稼働実現への地ならしを図る狙いがあるようだ。

 まあ、それを言ったらおしまい。この発言は、すべてをぶちこわしてしまいました。

県によっては、次のように勇ましい発言をする知事も

女川原発再稼働判断 「地元自治体と県合意で十分」 
村井嘉浩宮城県知事は26日、仙台市内であった経済人らの会合で講演し、東北電力女川原発(女川町、石巻市)の再稼働をめぐる地元合意について「県と県内の自治体で十分ではないか。どこかで線を引かないと際限がなくなる」との認識を示した。
 合意が必要な地元市町村の範囲に関しては「(国の原子力安全委員会が設定した防災対策重点地域に当たる)30キロ圏内でいいのか、50キロ圏なのかなど、十分な検討が必要だ」と述べた。
 村井知事はこれまで、女川原発再稼働に必要な地元合意に関して「明確な基準がなければ(再稼働の是非の)判断が難しい」として、国の責任で範囲を明示するよう求めていた。
2012年04月27日金曜日

 この問題は、首長たちが何に重きを置いているのかのもっともよい試金石です。この知事は、天皇陛下に「ガレキの安全な処理を」と園遊会で言われたのも忘れてしまっているようです。

4月23日の毎日新聞記事
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まあ、日本全国、作りも作ったりというのが正直な感想です。今回は、九州電力の問題に絞って、新聞記事を追ってみます。

4月4日(水)の熊日新聞記事
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フクシマの事故を見ますと、50キロといった範囲でおさまるモノではなく、100キロ、200キロ、1000キロ離れたところで、安全とは言えないのはブログ読者ならご存じでしょう。

どれほどの被害があるのか、ネットで捜せる情報をまとめてみます

初公開! 玄海原発事故SPEEDI、1時間で有明海・佐賀市・福岡市汚染の可能性から
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 記事の中でもふれていますが、同心円で判断することがいかに無意味かよくわかります。地図にはふくまれていませんが、熊本市も入ることでしょう。

長崎から大分まで真っ赤っ赤/玄海原発シミュレーション、と川内原発から
(動画をご存じの方がおられましたら、教えてください。)
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玄海

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川内

どちらかで何かあったら、九州はもう終わりです。なぜ、この期に及んで事故が起きないと主張できるのか、電力会社の良識−そんなモノは持っていないのは百も承知ですが−を疑います。
 昨年の夏に同窓会がありました。理系の九州電力社員がいましたので、「原子力は危険なことがよくわかっただろ」と話しかけたところ、「オレは、危険だとは思わん。フクシマはもう少しメルトダウンした方が、燃料の取り扱いがよくなった」などと言う返答が帰ってきました。
 それまで、わたしは電力会社社員の良心をすこしは信じていたのですが、もはやそんなモノなどみじんも持ち合わせていないことがよくわかりました。現在の状況を「原子力に対する逆風」としか感じていない人もいます。特に、理系の人間にそのような考えを持っている人が多いようです。
 各電力会社に電話をすることがあるのですが、文系の立場の人はそれなりに話を聞いてくれます。マークシートで高得点をとり、与えられた設問に対して出題者の意図した解答を書くといった訓練のみを続けてきた理系人間の限界なのかもしれません。

海洋の汚染は、川内原発のみ
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すべての漁場がやられると言ってよいでしょう。はした金の漁業補償金と引き替えに豊かな海を原子力に捧げてよいのでしょうか。

 このようなシミュレーションが出てきているにもかかわらず、地元自治体の範囲をできるだけ狭めようとする政府。果たして正当な論理だと言えるのでしょうか。
 また、九州電力もこのような被害が生じた場合に、一体どのようにして弁済するつもりなのか。電力供給地を失った電力会社に存在価値・企業価値が残っているとは私には全く思えません。

 400万アクセスありがとうございました。

◆関連ブログ
川内原発事故で沿岸広範囲に汚染2011年07月10日
タグ:玄海
posted by いんちょう at 21:29 | Comment(4) | 原子力

2012年04月30日

世界は恐怖する 死の灰の正体1957年制作

 以前、奇形の胎児を紹介した際に、一部紹介しました−死の灰の正体。

ノーカット版を紹介いただきましたので、こちらで紹介

1:28:10 - 3 years ago
亀井文夫作品集 1957年制作原水爆実験後の日本の実態

・コバルト60による放射線(1600レントゲン/分=16Sv/min)で10分程度で死んでしまう小鳥(160Sv照射)
・大気中に拡散し続けている放射能
・放射能は土に吸着されやすく、表層2センチ程度のところにとどまる
・平塚で Sr-60 62-214uuCi/kg (2.3Bq/kg-8Bq/kg) 1uuCi = 1pCi = 0.037Bq
・セシウムをイネに吸わせ、あっという間に茎と、葉、そして白米までもセシウムが検出される実験
・昭和31年のイネ 26.3pCi/kg(0.97Bq/kg)
・S31.11 粉ミルク(Cs-137) 330pCi/450g (27.1Bq/kg)
・Sr-90は75%が発出され、のこりは殆ど排出されない(ネズミ)
・奇形児
・長崎大 林教授 s24-s25 22.3%の奇形 被曝していない場合 8.7%
・奈良医大 カンベ教授(ABCC勤務中)小児解剖1000体の内 無脳児15体、大血管奇形20体 単眼症1異例、 無眼症1例
・小頭症の子ども(脳を変えれば、よくなる。初めての子どもがあんなんですから、怖いんです)
・人血でCs-137 86-110uuCi/l (3.1-4.0Bq/kg)

などが、紹介されています。
今よりもはるかに、自由に、そして深く研究されていることがわかります。いつの間にこのような時代になったのでしょう。

◆関連ブログ
死の灰の正体−無脳児、単眼児の出産も2012年03月16日

タグ:放射能
posted by いんちょう at 16:46 | Comment(8) | 原子力

2012年04月29日

戦闘機が衝突しても崩落しないはずの1F-4号機の外壁は、なぜ崩落したのか

 フクシマの事故の中で、なぞに包まれているのは1F-4号機です。正直、なぜあのような崩落が起きたのか、私も未だにわかりません。関連ブログで紹介しているように何度か分析しているのですが、いくつか新しい情報もありますので、ここで再度まとめてみます。

まずは公式の東電プレス
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変形が起きた時に、目撃者がいることが、ここからわかります

1F-4の平面図 出典
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上空から 2011.3.20 出典
2012042908.jpg
位置は、上図のように表しています。

海側 2011.3.20 出典
2012042910.jpg

南側 2011.3.20 出典
2012042903.jpg

山側 2011.3.24 出典
2012042902.jpg

南・山側 2011.3.22 出典
2012042911.jpg

北側 2011.3.15 出典
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よく見ると4号機から黒煙が上がっているように見えますが、単にオイル(MGセット)が焼けているだけかもしれません−線量を考えるとそうでしょう。白煙は、3号機からのようにも見えます。

衛星写真 2011.3.14 (3号機爆発直後)
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4号機の海側の壁から白煙が上がっていることがよくわかると思います。

3月15日の4号機火災の動画?

Kataklizm w Japonii. Walka o schłodzenie reaktorów 投稿者 drabikpanytv

裸のフクシマから

p.43 『4号機は一番ミステリアスで、特に大きな爆発音もなかったのに、見ている前で建屋の外壁が映画のSFXのモーフィングのようにみるみる変形し、結果的には側面がぐちゃぐちゃに壊れたという』(作業員)

原子炉の壁がとてつもなく頑丈にできていることを証明するビデオ

F4 Phantom が体当たりしても、びくともしません。それだけの非常に堅いコンクリートで作られているのが原子炉建屋であり、これが5重壁の最後の砦。これが破壊されることは原子力村の住民は誰も想定していません。

 余談ですが、この実験を知っているのでしょう、昨年の関西電力の株主総会では、次のようなトンデモ発言が飛び出しています。9.25脱原発デモ『東京に原発を!デモ』から
「北朝鮮が原発に対してテポドンを撃ってきたらどうしますか。その対策を教えて下さい」
―男性株主の質問に、原発事業の担当役員である豊松秀己常務取締役(57)が答弁に立った。「テロ対策は、侵入があれば治安機関に通報する。大規模テロには対策本部を設置し、テポドンの場合は国民保護対策本部を作って国と対応する」その上で「仮に着弾があっても、堅固な立派な格納容器と思っている」と言い放った。関電の原子炉11基は日本海に面する福井県内にあるが、弾道ミサイルの標的になっても「大丈夫」との強弁だった。


こちらではクラック?指摘されています。
2012042913.jpg

 ミサイルでも破壊されないと、電力会社が太鼓判を押す外壁がなぜ崩壊してしまったのでしょうか。なぞがなぞを呼ぶばかりです。

◆関連ブログ
1F-4号機を再度分析する2012年01月07日
4号機が3号機からの水素で爆発?2011年11月10日
9.25脱原発デモ『東京に原発を!デモ』2011年10月06日
タグ:1F 1F-4
posted by いんちょう at 22:11 | Comment(8) | 原子力
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